第5話 物資搬入


 もう、分からないことだらけだ。

 今ある治療品の扱いも分かるし、周りで不思議そうな目を向けて来る隊員の名前も分かる。

 名前と能力くらいしか今の所浮かんでは来ないが。

 本当に、俺は一体何なんだ?

 記憶に残っているのはパッとしない社会人だった頃の記憶。

 だというのに……何故、彼等の事を知っている?

 そんな事を思いながらも、目の前の彼の治療を終わらせる。


「少し大人しくしておけ。深い傷じゃないが、あとで医療班によく診てもらえ」


 そんな事を言いながら彼の肩を叩いてみれば。


「マジで何なんだアンタは」


 治療が終わったばかりの彼から、非常に鋭い瞳を向けられてしまった。

 ほんと、何なんだろうな。

 改めて昔の事を思い出そうとしても、“向こう側”の記憶と皆の名前くらいしか思い出せない。

 しかも一緒に“こちら側”に来た皆々様の様に、“死んだ時”の記憶が無いのだ。


「さぁ、何だろうな? だがお前らの上司になる事は決まったみたいだ、よろしくな」


 そう言って傷口をベシッと叩いてみせれば、彼は歯を食いしばって痛みに耐える。

 そして、ジロリと此方に瞳を向けてから。


「俺は、ケイだ」


「初めまして、ケイ。俺は黒瀬、“駒使い”だ」


 なんて、口元を緩めて名乗ってみれば。

 彼はムスッとした雰囲気で、苦虫を嚙み潰した様に牙を見せるのであった。


「お前、さっき俺の名前を呼んだだろ。どこで聞いた? いや、駒使いならリストで確認したのか?」


「呼んだか? 知らんな、今聞いた。お前はケイ、覚えたぞ」


「はぐらかすんじゃねぇよ!」


 などと噛み付いて来る彼の頭を掴んで、横に放り投げてから。


「他の者も治療を開始する、医療班は此方に」


 自分でも何を言っているのか、なんて思う程だったが。

 偉そうに治療なんて言っても、精々消毒液を掛けて絆創膏を張るくらいしかやった事が無かった筈なのに。

 だといのに先程は医療キットを普通に使ったし、何故か自信満々に宣言してしまった。

 しかし、その無駄に自信満々な様子が効いたのか。


「初めまして、新しい“駒使い”。医療班、シーナです。お手並み拝見させて頂きます」


「あのっ、初めまして! 私はルシアって言います! 医療班です! よろしくお願いします!」


 二人の医療隊員が、此方に駆け寄って来て敬礼してくれた。

 憶えている、この二人の事も。

 “許可”さえ出せば、この二人ならやってくれる。


「挨拶は後だ。シーナ、出血が多いメンバーの治療を。とりあえず血を止めろ、その後ルシアのスキルに任せる。物資はすぐに届く、今有る物は全て使い切ってしまって構わん」


「……私達にそこまで物資使用の許可を出すとか、貴方本当に何なの? しかも、これから届くって――」


「シーナちゃん! とりあえず指示に従わないと! 使って良いって言ってるなら良いじゃない!」


 二人の声を聞きながら、視界に映る怪我人の中を歩いていく。


「彼と、彼女。今すぐ治療しろ。確かにすぐ死ぬような被害ではないが、放っておけば傷が残る。シーナ、急げ。ルシア、焦らなくて良いから症状をよく見てスキルで治療しろ。分からない事があれば俺に声を掛けろ」


「「りょ、了解!」」


 二人から返事を貰いながら、怪我人の群れを練り歩いてみれば。


「貴方は、何者ですか?」


 ソーナと名乗った少女が、最初よりかは感情の籠った瞳で此方を見つめていた。

 疑いと、嫌悪の眼差しではあったが。

 だが彼女の満足するような答えを俺は持ち合わせていない。

 それどころか、俺が一番困惑しているくらいなのだ。


「さぁな、俺にも分からん。しかし、今どんな行動が必要なのかは理解出来る。お前と無駄なお喋りをしているより、皆の治療が先だ。手伝え、ソーナ。俺の部下になるのなら、自らを軽く見る事は許さん。コレは“命令”だ」


 それだけ言って、周囲で座り込む人々の状態に眼を向けるのであった。

 俺は、医者でも何でもない筈だったんだがな。


 ※※※


 とりあえずの治療を終えた頃、国からの補給物資が届いた。

 そして、“人”も。


「初めまして、異世界人の旦那。詳しい説明なんかも必要だろうって事で、しばらく世話役を任されました。“アイガス”って言います、俺の部隊を丸々連れて来ましたんで戦闘に巻き込まれても安心して下さいな。分からない事があったら何でも聞いて貰って大丈夫ですぜ?」


 そう言って胸の鎧を叩くのは、随分と厳つい男達。

 国の兵士が二十数人程度、小隊一つを貸してくれた様だ。

 俺の能力は期待されていない様だったが、外聞的な問題があるのだろう。

 もしくは一緒に“こちら側”に来た御同類を安心させる為か、随分と手厚いサポートをしてくれる様だ。


「よろしく、アイガス。黒瀬だ。俺の事は好きに呼んでくれ。」


 それだけ言って右手を差し出してみれば、ガシッと掌を掴まれニカッと豪快に笑って見せるアイガス。

 見た目同様、なかなか真っすぐな性格をしている様だ。

 ここへ案内してくれた人物の様な者が来た場合、精神的に疲れてしまいそうだったが。


「ま、とりあえず。ご注文の医薬品をちょっと多めに持ってきました。後は飯と武器ですね、いくら“駒”部隊だったとしても、無手のまま突っ込めなんて言わないでしょうから。色々あって、結構良いモノを頂戴してきましたよ?」


 喋っている間にも、馬車からは次々と下ろされる木箱。

 その一つをガンガンと叩きながら、彼はガッハッハと豪快に笑って見せた。

 更には部下の一人であろう男が、バコッ! と派手な音を立てながら木箱を開いてみれば。


「銃?」


「お? 御存じで?」


 そこには、古臭い見た目の銃火器が並んでいた。

 ゲームなんかでスナイパーライフルなどの名称で登場する様な、ボルトアクション? の銃。

 少しばかり形状が違う様に見えるが……マニアという程には詳しくないので、どう違いがあるのか。

 確か、レミントン?

 いや、それは会社名だったか?

 まぁ良いか。


「こっちの説明も色々ありますが、他にもありますんで確認して下さいな。“駒”にこれだけ物資を提供するってのは、この国では初かもしれませんなぁ。やはり異世界人ってのは、居るだけで重宝される」


 再び軽快に笑い始めるが、これだけは最初に言っておかないといけないだろう。


「物資運搬と隊を貸してくれる事には感謝する。しかし、彼等をあまり軽く見てくれるな。俺の“駒”を見下す事は、“駒使い”である俺を愚弄する事だと覚えておいてくれ」


 言い放ってみれば、彼は今まで以上に口元吊り上げながらニカッと笑って見せた。


「上は、“随分変な奴だ”なんて愚痴を溢していましたが……こりゃまた面白い異世界人が来たもんですね、旦那。嫌いじゃないですぜ」


「変わり者の護衛だからこそ、変わり者の部隊が選ばれたって所か。改めてよろしく頼む、アイガス」


 再び握手を交わしてから、俺達は運び込まれる物資を確認していくのであった。

 しかし、銃か。

 あとでちょっとだけ触らせてもらおう、本物の武器とか初めてだし。


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