第4話 家


 “駒使い”。

 それはこの国において、“人”と扱われない者達を指揮する立場の人間を示す言葉らしい。

 人族、獣人族、亜人族。

 その他諸々。

 俺達の様な“普通”、というか特徴のない者は“人族”と呼ばれ、それ以外の異形の姿をした者達はそれぞれの特徴によって様々な呼ばれ方をするらしい。

 どの種族が上だ下だという事はこの国では無いらしいが、やはり各地で差別問題は発生している御様子。

 そして、俺が担当する事になった部隊。

 リストを見る限り他種族の寄せ集めの様だが、皆一様に白っぽい髪色をしていた。

 これこそが、彼等彼女らが“人”として扱われない理由。

 一か所に集められ、道具の様に扱われる。

 この者達を人々は“駒”、または“色なし”と呼ぶらしい。


「初めまして、私はソーナと申します。“駒使い”として選ばれた方ですよね?」


 獣の耳を生やす彼女は、乾いた瞳で笑って見せた。

 狐……だろうか?

 大きな耳と尻尾を揺らす彼女は、あまりにも“濁った”瞳を此方に向けていた。

 まるで人形の様な瞳の彼女に、思わずグッと胸の奥が苦しくなる。

 どうやったら、ここまで人は感情を殺せるモノなのだろうか?

 彼女の瞳は何も期待していない、何も見ていない。

 だというのに、笑ってみせるのだ。

 まだ治り切っていない傷だらけの顔で。

 そんな彼女に対し、この地まで俺を案内してくれた相手は顔を顰めながら。


「こちら、本日よりココの“駒使い”になったクロセ様だ。皆によく知らしめておけ、失礼な態度を取らない様にな? “色なし”。クロセ様。必要なものなどありましたら、我々にお声掛けを――」


「医療品を用意しろ」


「はい?」


「俺は医者ではないから難しい事は分からない。しかし、コレは見ただけでも分かる。包帯、消毒液、ガーゼ、痛み止めその他諸々。他にも食料や日常的な備品も足りていないのだろう? 最低限必要な物を全て、人数分用意して頂いて良いだろうか? “今すぐに”」


「……」


「俺は“異世界人”で、貴方達も無視できない立場にある筈だ」


「……すぐに」


 そう言って、案内人の彼は何処かへ走って行った。

 さっきから度々偉そうな態度を取っている為、この数時間で相当嫌われてしまった筈だ。

 思わずため息を溢してから、目の前の彼女に歩み寄り。


「初めまして、黒瀬 叶だ。ソーナだったな、よろしく頼む」


「初めまして、クロセ様。貴方は我々を生かす“駒使い”である事を期待致します」


 なんて、期待などまるでしていない瞳で此方に微笑みを向ける彼女だったが。

 何故だか、初対面という気がしなかった。

 獣の耳を生やした女の子なんて初めて会ったのだ、初対面で無い筈がない。

 だというのに。


「報告しろ。負傷者は?」


「え?」


「報告しろ」


 滑るように、口からは言葉が溢れて来る。

 まるでそれが当たり前かの様に。


「本日の作戦により、負傷者が多数。しかし、重傷者はいません。前の“駒使い”が居なくなっため、補給物資などは届いていませんが……」


「ここに残っている物資は?」


「使用許可が下りていません、それに……気休め程度です」


「であれば、気安めをしよう」


 そう言って、初めて案内された施設の中を突き進むのであった。

 洋風というか、古い洋館の様な作り。

 やけに広いし、色んな所に扉がある。

 だというのに。


「残っている備品はこれだけか?」


「待ってください! 何なんですか貴方は!」


 薬品棚を開いて備品を引っ張り出してみれば、彼女からはやけに攻撃的な気配が漂って来る。

 それはそうだろう。

 俺は今日初めてココに来た“異世界人”であり、彼女達にとっては余所者でしかないのだから。

 でもここに治療器具があると、なんとなく分かってしまったのだ。

 本当に意味が分からない。

 分からないことだらけだが、それでも。


「俺は、お前達の“駒使い”だ。なら、“ちゃんとする”必要があるだろう?」


「貴方みたいな人は、初めてですよ……」


 やけに引いた様子で語る少女を横目に、デカい救急箱を引っ掴み大広間へと急いだ。

 そして。


「治療を開始する。専門家ではないからな、応急処置だ。傷が酷い者からこちらへ来い。救護班は居るか? これから物資が届く、準備しておけ」


 言い放って扉を開いてみれば、そこには多くの負傷者達が。

 当然誰しも此方に訝し気な視線を向けて来る。

 だというのに、何故だろうか。

 懐かしいと、そう思ってしまったのだ。


「なんだアンタ、急に現れて随分偉そうにするじゃねぇか」


 えらく荒い声を放ちながら、此方に近寄って来る灰色の髪の青年……というには少し若い。

 おそらくまだ十代か、ギリギリ二十代と言った所か。

 此方の事が気に入らないと言う様子で、胸ぐらを掴んでくるが。

 思わず、口元が吊り上がってしまった。


「まずは治療だ、その傷でよく頑張ったな。すぐに薬も届くはずだ、今は応急処置になるが、我慢してくれ。そこに座れ」


 それだけ言って彼の肩を掴み、その場に座らせた。

 そのまま薬箱を開いて治療を始めてみれば。


「待て待て待て! てめぇは誰なんだって聞いてんだよ!?」


 未だ抵抗する彼は、叫びながらこちらを向き直った。

 しかしながら、ベシッと頭を引っ叩いて。


「今は治療に集中しろ、俺は“駒使い”だ。よろしくな、“ケイ”」


「……あぁ? 俺、お前に名乗ったか?」


「多分な、ちょっと大人しくしておけ」


 それだけ言って、彼の傷を治療していくのであった。

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