第3話 求人


 これだけ多くの人が呼ばれ、期待されている中。

 俺だけが“ハズレ”。

 だと言うのに、何故か絶望感がやっぱり湧いて来なかった。

 なんでだろう?

 普通ならもっと慌てふためいて、焦ったりしてももおかしく無い状況だと言うのに。

 こんな訳の分からない場所に突然連れて来られ、自分だけが不遇となれば誰だって絶望するだろうに。

 だというのに、妙に落ち着いている自分がいる。

 それこそあり得ないが、やはり“慣れている”気がするのは何でだ?


「では、こちらの部屋でしばらくお待ちください」


 そう言って通された応接室。

 誰も居なければ、当然お茶なども出て来る筈も無く。


「……」


 周囲を見渡してから、黙ったままソファーに腰を下ろした。

 そして、もう一度自身のカードに目を通してみれば。


 称号 ※※※

 職業 指揮官

 能力 ――、――、――。

 スキル ※※※


 称号の欄とスキル欄は文字化けしており、職業の欄は間違いなく“指揮官”で書かれている。

 王様っぽい人から訝し気に見られたのはこれのせいか?

 そして能力の欄は色々と数字が書いてあるが、どの項目も二桁を超えない。

 しかも数字の横に何かの記号が描かれおり、文字の色が他とは違う。

 多分と言うか、妙な確信の様なモノが湧いて来るが……コレは、上限に達していると言う事ではなかろうか。

 何故そう思ったのかは分からないが。

 詰まる話、俺はこれ以上の能力を見込めない。

 今後どうなるのかはさっぱり分からないが、恐らく“こちら側”の人々から見ても相当低い数字だったのだろう。

 というか職業指揮官って何だよ、そんな仕事した覚えはないぞ。

 思わずため息を溢しながら、ソファーに背を預けていれば。


「お待たせいたしました、貴方にお願い出来そうな仕事を幾つかお持ちしました。もちろん全て断って頂いても構いませんが、その場合王宮からの支援は受けられなくなってしまいます」


 扉を開けて誰かが入って来たかと思えば、急にそんな事を言われた。

 詰まる話、働かなければ支援はしないという事なのだろう。

 それはちょっと困る。

 こっちは何処とも知らない土地に急に呼ばれた上、金も仕事も住む所さえ無いのだから。

 相手からしても死んだ人間が此方にやって来た、という感覚である以上、文句を言った所で聞き入れてはもらえないのだろうが。


「見せてくれ」


「……随分と落ち着いていらっしゃいますね?」


「え、あぁ……すみません。気が動転しているみたいで。ははっ、いつもはこんな口調じゃないんですけど」


 ちょっとだけピクピクッと口元が揺れ動いたのが見えた。

 俺の態度が気に入らなかったのだろう。

 しかし、さっきから気を抜くとこんな口調になってしまうのはなんでだ?

 “向こう側”では、普通の下っ端社会人だったはずなのに。


「まぁ、良いでしょう。貴方にお任せ出来る仕事……この中から好きな物を選んでください。どちらを選ぼうとも、“異世界人”である貴方は手厚い支援が受けられます。もちろん仕事をいくつか選んで、短期間試して頂いても結構です。未知の世界に来て、急に一つを選べと言われても流石に――」


「コレを」


「……ゴホンッ。“鑑定”の結果、貴方様には“異世界人”特有のステータスの高さや“スキル”が視られなかった。なので“あちら側”の知識を生かしたお仕事を、と思ったのですが。こちらでよろしいのですか? やはり経験がおありで?」


 先程同様、思わず偉そうな言葉を放ってしまったのが気に入らなかったのか。

 彼はピクピクしながらそんな事を言い放った。

 何故か、迷う事無く一枚の用紙を選んでしまった。

 とある部隊の管理、“戦闘指揮含む”との事。

 逆にこんな求人が入っていて良いのかと思ってしまったが、この中にあるのだから選んでも問題はない筈。

 戦闘指揮などゲームでしか経験した事が無いが、なんで俺はコレを選んだのだろう?

 さっきから自分の行動が気持ち悪い、傍から見たらもっと気持ち悪いだろう。

 でも、何故かスッと動いてしまうのだ。

 まるで“身体が覚えている”かの様に。

 そもそもド素人に部隊を預けるなんて、それこそ“捨て駒部隊”と言える状況に思えて仕方ないのだが。

 もしくは俺の職業欄を見て、この仕事も織り交ぜたのか?

 なんて思った瞬間。


『初めまして、私は――です。“駒使い”として選ばれた方ですよね?』


 知らない少女の姿が、記憶を過る。

 さっきから何なんだ。

 訳の分からない事が多すぎて、思わずイライラしてくる。

 チッと舌打ちを溢して頭を振ってみるが、彼女の微笑みが消えてくれない。

 コレは、“何の記憶”だ?


「まぁ、お仕事を用意したのは我々なので何の問題もありませんが……本当によろしいので? コレは戦場などにも関わる事もあるお仕事になりますよ?」


「あぁ、はい。大丈夫です……多分」


 やけに物騒な事を言い始める相手に対し、慌てて頭を下げてみれば。

 彼は渋い顔のまま扉を開き、チョイチョイッと手招きしてくる。

 もはやこの時点で、俺は彼等より下に見られている様だ。

 既に客人扱いですらない。

 思わずため息を溢しながら彼に続いてみるが。


「では、貴方には“駒使い”になって頂きます。こう言っては何ですが、重要な部隊という訳ではないので、チェスを指すかの如く気軽に仕事をして頂ければと思います。基本的には調査などが中心になりますね」


 彼は、そんな事を言い始めた。


「今、“駒使い”と言いましたか?」


「えぇ、言いましたが。何か?」


「いや、その……何でもないです」


 駒使い。

 先程話を聞いている時に、記憶の少女に呼ばれた名前。

 やけに気になる箇所ばかりが浮き彫りになる状況の中。

 結局詳しく聞き出す事が出来ないまま、俺は彼に着いて歩き出したのであった。

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