第2話 既視感


「お待ちしておりました、“異世界”の皆様」


 ふと目を開けてみれば、なんだか随分と時代錯誤な格好をした人が頭を下げていた。

 ここは何処だ? 困惑しながらも視線を周囲に送ってみれば。


「え、いや。はぁ? どういうこと?」


 キョロキョロと視線を動かす少年少女三人のグループが一つ。

 そして、もう一つ。


「いや、俺等……死んだはずじゃ……」


「どこですかココ……私達、電車に乗ってましたよね? それで、凄い揺れが起きて……」


 社会人と思わしきグループがもう一つ。

 そして、俺はと言えば。


「知り合いが誰もいない……」


 いくら周囲を見回してみても、知り合いが一人も居ない。

 周りはグループの様子なのに、俺だけ一人。

 訳も分からず黙ったまま周りの皆に視線を送っていれば、高校生グループは騒ぎ始め、社会人グループはひたすら困惑しながら周りを見渡している。

 高い天井、やけに物々しい雰囲気で鎧なんかを着こんでいる人たち。

 彼等に守られる様にして、豪華な格好の人たちが此方を興味深そうに眺めている。

 これは、えぇと?


「ゴホンッ!」


 そんな中、最初に声を掛けて来た人がもう一度口を開いた。

 再びそちらに視線を向けてみれば、そこには神官とでも言う様な恰好をした人と、背後……というには随分距離がある位置に、王様っぽい恰好をした男性が一人。

 誰も彼も、雰囲気からしてコスプレという訳では無さそうだが……どこだ、ここ。


「混乱するのも仕方ありません、何と言っても皆様。先程“異世界”で死を経験された筈です」


 は? と思わず声を上げてしまった。

 相手が何を言っているのか分からなかった。

 その全てを信用するのなら、という前提になってしまうが。

 しかしながら、相手は決してふざけている様子も、冗談を言っている雰囲気も無い。

 とはいえ、訳が分からない。

 だって俺にはそれらしい記憶が……。


「あぁ、確かに! あのバスやっぱ事故ってたのか!」


 高校生グループの男子が、大きな声を上げた。

 続いて。


「た、確かに……とてもじゃないが助からない様な電車事故に巻き込まれましたが……」


 同じく、社会人グループも。

 誰も彼も、“自らが死んだ”と思わしき記憶があるらしい。

 では、俺はなんだ?

 普通に生きて来た、気がする。

 ただの平社員で、家族などもおらず、長い事一人暮らしを続けていて。

 そしてコレと言った特別な事も無く、今日まで平凡に生きて――。


『駒使い!』


 ガリッと脳内に響くノイズと共に、そんな声が聞えて来た気がした。

 思わず頭を押さえ、誰が声を上げたのかと周囲を見渡してみたが……特に変わった様子はなし。

 それどころか、事態はどんどんと進んでいる様で。


「此方を手に持ってください、貴方達の能力を“鑑定”致します。“異世界”から来た方々は皆それぞれ特殊な能力を持っていますから、先ずはそれを明確にしてから――」


 なんて事を言いながら、俺達にカードの様なモノを配っていく。

 誰しも戸惑いながらもそれを受け取り、手に持ったカードに視線を向けている。

 最後に手渡された俺も、ソレに目を向けていると。


「……え?」


 手に持った瞬間、文字が浮かび上がって来た。

 日本語じゃない、でも読めるという不思議な感覚。

 まるでローマ字でつらつらと書かれた文章を読み取っていく様な、妙に読み難く疲れる作業ではあったが。

 それでも。


「なんか、剣豪とか書かれてるんだけど?」


「私は、魔術師って……」


「精霊使いって何? ゲームみたいな感じ?」


 高校生グループが声を上げた。

 彼等のカード確認し、その度に「おぉっ!」と大袈裟に声を上げるさっきの人。

 そして逐一説明しながら、いかに素晴らしいものかを語り始める現地の方々。

 コレはアレだろうか? ゲームのチュートリアルか何かか?

 なんて思ってしまう程、魔法とか精霊とか色々な用語が飛び交っている。

 更には。


「あ、あの。我々は剣士や斥候などと書かれているんですが……」


 反対側に居た社会人グループも手を上げながら発言し、彼等の元にも説明に向かう“こちら側”の人。

 あまりにも突発的過ぎて理解が追い付かないが、アニメや小説などである、別の世界に来てしまったという認識で良いのだろうか?

 割と好きなので、状況的にはざっくりと理解出来るが……とてもではないが現実味が無い。

 そんな訳で、ボケっとしながら手元のカードに視線を落していれば。


「貴方は、如何でしたか?」


「え? あ、あぁ……これです」


 そう言って彼に自らのカードを手渡してみれば。


「これは……また」


「何か問題がありましたか?」


 やけに眉を寄せる相手に不安になり、声を掛けてみたが。

 彼は俺の言葉に返事を返してくれぬまま、“王様”っぽい人の元へと走り出した。

 そして俺のカードを差し出し、立派な髭を生やした王様っぽい人が俺のカードを見つめてから数秒。


「ここに書かれてはいるが、改めて確認させてもらおう。名を、何という?」


 やけに渋い声で彼は言い放った。

 うわ、すご。

 まるで声優さんの様だ。


「駒づか……」


 勝手に口が動きそうになり、慌てて手で抑えた。

 俺は今、何を言おうとした?


「どうした?」


「あ、いえ……すみません。黒瀬くろせ かなえと申します」


 そう言って頭を下げてみれば、彼は溜息を吐いてから此方に近づいて来た。

 更には、俺のカードを此方に突き返すようにしながら。


「まだ色々と混乱しているだろう。しかし、すまない。後で詳しい説明はさせよう、一旦別の部屋に移って貰いたい。君も“異世界人”だ、それなりの立場に置き、様子を見ようと思う。今後とも頑張ってくれ」


 そう言って、此方に返って来る俺の“ステータス”が表示されたカード。

 どうやら、彼等にとっては非常に不満がある内容だったらしい。


 「この後の説明は、他の者に任せよう。皆と一緒に説明を受けては混乱するだろうからな……誰か、この者を別の部屋へ」


 何やら此方を探るような視線を向けて来る王様は、俺の肩を叩きながら背面を向かせて背を押した。

 これだけでも分かる。

 俺は、呼ばれた面々の中でも“ハズレ”だったのだろう。


「おっさん、残念だったな。でもよくあるじゃん? こういう話で誰かがハズレ、みたいな」


 まるで煽って来る様な台詞を吐いた少年に視線を向けてみれば。

 そこには“そういう物語”で見た様な悪い顔をした人物は居なかった。

 こう言っては何だが、とても“同情”したような瞳をこちらに向けていた。


「こっちでも色々聞いてみっからさ、おっさんの待遇も悪くなんねぇ様に言ってみるよ。まぁ、俺等がどれくらい“言える”立場か分かんねぇから、約束は出来ねぇけど……」


 なんというか、“慣れている”と感じてしまうのは何故だろう。

 いや、流石にこの状況に慣れる人間は居ないだろう。

 つまり、こういう状況を想像出来るだけの情報が彼にはあると言う事だ。

 多分、俺と同じアニメや小説の知識なんだろうが。

 でも逆に、俺も不思議な感覚を覚えていた。

 普通ならこんな状況に置かれ、一人だけ“ハズレ”だったら相当慌てふためいてしまいそうなのに。

 何故か、“慣れている”と言ってしまいそうな感覚に陥り、これと言って特別な感情が浮かんでこないのだ。


「ありがとう、名前を聞いていいかな?」


白宮しろみや すすむだ。おっさんは黒瀬だったよな? 覚えやすくて助かったぜ」


「ハハッ、そうだね。白黒コンビって訳だ、覚えておくよ」


「おう、またなおっさん」


 簡単な挨拶だけを済ませ、俺だけは彼等と離れ別室へと移されるのであった。

 さて、どうなる事やら。

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