第7話 魔王

 魔王。魔族を統べるもの。

 現在の魔王は若干60歳(と言っても人間の倍以上生きる悪魔族なので人間の20代後半くらいの見た目)で魔王に即位していた。しかしその実力は歴代魔王最強と言われ、ともすれば分裂しがちな魔族をよくまとめ上げている。おかげで人類は力を集結した魔族に後退を重ねていった。


 そんな魔王だが、誰にも言っていない秘密があった。

 彼もまた、勇者と同じく異世界転生者だったのだ。しかし死ぬ前の姿のまま転生した勇者と違うのは、魔王は魔族の子として生まれ変わっていた。


 魔王の前世は日本のある普通の1人の男だった。彼はとてつもない善人として知られていた。他人の嫌がる仕事を躊躇なく引き受け、泣いている子供がいれば駆け寄って話を聞く。誰もが彼を立派だと称賛し、そして利用した。

 彼の勤めていた会社で重大な偽装事件があった。会社の重役は責任を彼に押し付け会社から追い出した。

 友人の連帯保証人になった。しかし数カ月後、友人は莫大な借金を残して姿を消した。

 絶望の縁に追い詰められた彼であったが、唯一の心の救いが妻の存在であった。妻は彼を肯定し、苦難を乗り越えようと励ましてくれた。

 借金を返すために部屋を売り払い、安アパートでの再出発を始めようとした時、妻もまた彼の前から姿を消した。

 彼は全てを失った。気がつくと血の気の引いた頭でフラフラと夜の街を歩いていた。そこで見知った顔を見つけた。妻、そして借金を追わせた友人。2人は腕を組みホテルへと入っていった。


 その時、彼の中で何かが弾けた。


 ホテルの近くで2人が出てくるのを待ち、気づかれないよう尾行した。そして人気のない公園に差し掛かったとき、手頃な石で友人だった人の脳を叩き割った。何が起きたか理解できない妻だった女を押し倒し、首を締めながら犯した。酸素を求めもがき苦しむ女だったが、行為の最中に事切れてしまった。しかし彼は気にせず犯し続けた。衝動的な行動だったが殺すまで脳は冷めきっていた。殺人の罪悪感もなく、死体を犯す興奮だけが彼には印象的だった。


 結局のところ彼は、潜在的殺人者だったのだ。自らの内包する暴力性を抑え込むべく、無意識に善人へと自分を変化させた狂人。それが彼の正体だった。


 彼はそんな自分を殺人と陵辱で再発見した。射精をすませると急に笑いがこみ上げてくる。なんだ、最初からこうすれば良かったんだ。楽しくて踊りたくなって笑いながら車道に飛び出して、そしてトラックに轢かれた。

 トラックに轢かれるその瞬間、脳内で声が響いた。


「君、面白いね。死ぬのは惜しいよ。」


 まるで女神のような、慈愛に満ちた声だった。




 生まれ変わった彼は魔族の王族の子として産まれた。

 転生時に何らかの祝福を受けた彼は、幼くして魔族の中でも飛び抜けた力を得ていた。周囲は素直にそれを喜んだ。彼もまた、久々に感じる他者の愛情に心を満たされ育った。


 前世の凄惨な終わりの反動か、自分を受け入れてくれた魔族に強い帰属意識を持つようになった。彼は狂人であったが、作り上げた人生で培った善人の部分もまた彼の1つの要素になっていた。

 一方で人間という生き物に対する嫌悪感は日に日に肥大していった。それは前世の記憶によるものか、魔族の本能なのかは彼にも分からなかった。しかし初陣で敵兵を残忍極まる方法で虐殺し、それを周囲が大いに称賛した時、彼は本当にこの世界に産まれて良かったと実感した。


 強大な力、しかし魔族に対しての慈父のような物腰の柔らかさ、だが戦場では獰猛そのもの。彼が魔王になった時、反対するものは誰もいなかった。


───

──


「夢を見ていた気がする…」


 執務室でうたた寝してしまった魔王が目を覚ました。気を使ってくれたのか秘書官は部屋にいない。


「勇者を痛めつけるのは楽しかったが、執務に支障をきたすのはいかんな…」


 魔王は勇者の存在を知った時、明らかな嫌悪感を抱いた。同族を殺したというだけではない。かつての救い難い善人の自分の姿を重ねてしまった。

 勇者をわざわざ捕まえたのは、過去の自分への復讐だったのかもしれない。


(本当は散々に汚し尽くして心を折るつもりだったが…)


 勇者は精神をズタズタに引き裂かれながら死にかけの子供を気遣っていた。そんな勇者に魔王は強い関心を抱くようになっていた。


「人生には楽しみが必要だからな。」


 誰もいない執務室でひとりごつ。このまま肉便器にするのは惜しい。執務そっちのけで勇者のことを考える魔王は、初めてゲーム機を買ってもらった子供のような顔をしていた。


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女勇者は魔王に捕まってしまいました あかねツキ @akanetsuki

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