第6話 懇願
すべてが終わった後、勇者は冷たい床に倒れ伏していた。
媚薬で火照った身体にはかえって床は気持ちがいいくらい。絶頂の余韻で身体はまだ震えている。でも心は完全に死んでいた。
虚ろな目の見つめる先には10人の女の子の死体。魔王は女の子を殺す時に急所を狙わなかった。そのせいでみんなが苦悶の表情を浮かべて死んでいた。
結局誰も救えなかった。浅ましく腰をふるい、オークを興奮させるために媚態を晒した挙げ句がこの結果。囚われて初めて、勇者は死んでしまいたいと強く思っていた。
ふと、女の子の1人がピクリと動いた。信じられないものを見る目で勇者は注視する。
耳を澄ますと、か細い呼吸音が聞こえてきた。まだ、生きている。
「さて、死体の横で今日は寝るといい。」
諧謔に溢れた表情で魔王が言った。すでに部下のオークたちは牢を出ている。ここには魔王と勇者と10体の死体しかない。すぐに違和感を覚える。勇者の顔には絶望以外の何かがあった。
「おねがい…します…あの子を…あの子を助けて…」
か細い声で、勇者は言った。
勇者の視線の先、死体の中でかすかに女の子が息をしている。驚いた。急所を外したとはいえまだ息があったのか。しかし時間の問題にも見える。
(こんなになっても、まだ他人を思うとは。)
魔王は内心で驚く。心も身体も壊れきった1人の少女が、なぜここまで人のために動けるのか。
「何でもします…しますから…」
壊れかけていた彼女は、女の子を救うことで心の均衡を保とうとしていたのかもしれない。
ふと、一つのアイデアが魔王に浮かんだ。
「よかろう。」
そう言って満足げに魔王がうなずく。女の子に近寄り手をかざす。温かい光とともに苦悶の表情を浮かべていた女の子に生気が戻っていった。次第にか細い呼吸は睡眠の安らかな寝息へと代わっていった。
「良かった…よがっだ…」
涙声で良かったと勇者は繰り返した。名も知らぬ女の子をこの手で救えた。そのことだけで救われたような思いがした。
「さて、何でもする、と言ったな。」
「はい…」
魔王が勇者の前にかがみ込む。勇者にはもはや抵抗する気力もない。
「お前の仲間の情報、そして人間の国の情報、軍の情報。知っていることをすべて話せ。」
勇者は一瞬目を見開いた。しかしすぐに諦めたように、つらつらと情報を漏らしていった。
魔王からの質問にすべて答える。仲間の使える魔法、スキル、王城の情報。懺悔の心よりも、魔王に逆らう恐怖感が勇者の心を支配していた。
「よろしい。さて、疲れたろう。」
勇者の情報に満足した魔王は勇者に回復魔法をかけた。
温かい光が勇者を包み込む。媚薬に犯されていた身体が正常に戻っていくのを感じた。心地よい暖かさの中で勇者はゆっくりと眠りについてしまった。
───
──
─
魔王城、魔王の執務室。
「おかえりなさいませ。魔王様。」
執務室に戻った魔王を山羊の顔をした悪魔が出迎える。彼は魔王の主席秘書官であった。主に雑務と相談役を兼ねている。
「勇者が情報を吐いた。」
「はぁ…それはまことで。」
満足げな魔王に対して秘書官は微妙な顔だった。
「僭越ながら魔王様、今更に勇者一行の情報が役に立つのでしょうか。」
ともすれば批判とも捉えられかねない質問。しかし秘書官は魔王がこの程度で怒る人物でないことを知っている。彼はかつてまだ幼い魔王の侍従を努めていたのだ。二人の関係は信頼以上のもので構築されている。
「人側の内通者、勇者一行に付けた影の者、そして勇者と戦って生き残った者たちによって勇者一行の底は知れております。」
そう、だからこそ魔王は自らで勇者を奇襲したのであった。奇襲したのは勝てないからではない。捕獲の成功率を上げるための手段でしか無かった。
「別に情報が欲しいわけではない。」
「と言いますと?」
「勇者は自らで人を裏切った。一線を超えたわけだ。」
「ははぁ、なるほど。」
秘書官は得心した。つまり勇者の心を折るための儀式。それだけのことだった。
「しかし魔王様が勇者にそれほど執心とは思いませんでした。まあ、たしかに見た目は麗しいですが。」
「ふん。見た目などサキュバスにでも変化させればいかようにもなる。大事なのは心持ちよ。」
「しかしそれなら妾にすればよろしかったのでは?」
「近衛兵の連中にも、まあなんだ。戦果を分けてやらんとな。勇者奇襲は私1人で行ってしまった訳だ。戦場に出れなくて腐っている連中も勇者を犯し汚したという名誉があれば大人しくなろう。」
「さすが魔王様、知恵なき臣はそこまで至りませんでした。」
秘書官はうやうやしく臣下の礼をした。
「それに私は、魔王なのだから。勇者を汚すのは当然であろう?」
ニヤリとして魔王は言った。
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