「…ぇ」


丸メガネに申し訳なさそうに下がった眉毛。

唐突な供給に動揺の色が隠せない。

はっ,と我に帰れば,教科担当が淡々と書き進める文字をじぃ…と見つめた。


「ぇっと…1560年の5月19日,桶狭間の戦いにて今川軍を打ち破る…のところかい…?」


書いてある文字をただ読み上げるだけの作業を遂行すれば,彼女の紫色の瞳がキラリと光を孕む。ぱぁぁ…!と嬉しそうに目を開けば,メンダコのような髪の毛がふわりと広がった。


「おぉ…!ありがとうな!」


にか,と微笑んだ彼女は,ずり落ちかけたメガネを再度耳にかければ目下のノートに視線を戻した。


「いえいえ!困った時はお互い様だもんね…」


些細なきっかけで話せた事を心の底から喜べば,腹の奥から込み上げる幸福が身体を疼かせる。

高鳴る鼓動がラインマーカーを引く手を揺らしてしまう。


「おー?海墨なんかご機嫌だな??俺はくまちゃんの話に追いつくだけで手いっぱいだって言うのになぁ…」


口を尖らせながら海墨に文句を垂らせば,自身も彼と同じとこを線で引く紫焔。

くまちゃん…日本史教科担任の 熊谷くまがや唐詩とうしのことだろう。

ご機嫌なのは見てわかる,何しろ尋常ではない程に口角が上がっているのだ。


「…いや,なんでもないよ」


無理やり誤魔化そうとしてみるが,どうも口角が下がってくれない。

左手で口元を隠せば,「そんな事より前向きな」とホワイトボードへ促した。



◇◆◇◆



授業後,一目散に散る特進コースと共に帰ろうとした海墨の元へある1人の女子高生が。


「あ!さっきはありがと〜な!」


スマホ片手にこちらへ寄ってきたメンダコちゃん。授業前の警戒している瞳は何処にもなく,今はひとりの友達をみる目になっていた。


「気にしないでね」


咄嗟にふわりと微笑んでみるが,内心喜びと動揺で今にも気が狂いそうだ。

すると,メガネを外して折りたたんだ女子高生がスマホに映るQRコードを海墨に見せた。


「あたし,昏宮くれみや白波しろは

よかったらさ,LINEかインスタ交換しないか?」


人懐っこい柴犬のような笑顔を見せれば,そのメンダコちゃん…白波は首を傾げた。

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