第53話 苦労したチョコレート作り

「これは確かにカカオの実だ」


 少し前に頼んだセオアロマの実。1か月待って手元に届いた。注文したのは5個。これ、どうみてもカカオの実であった。


「これが本当にスィーツの王様なのか?」


 フレイヤは疑わしい目で見る。


 まず、ラグビー形の赤茶色の実を割ってみる。中には白い果肉が。食べると、華やかな香りとほんの少しの苦み、酸味がバランスよい。かなりライチに似ている。


「確かに、果肉はそこそこ美味しいのじゃ」


 そして、果肉の中には種が50個ほど。

 一つ割って食べてみる。


「すごく苦いのじゃ。これでスィーツの王様になるのか?」


 ますます疑わしい目でフレイヤは俺を見る。


 微かな香気と苦さ100%。

 これはカカオであることは間違いない。


「この苦みがいいんだよ。まあ、待てって」


 日本での話だが、昔住んでいたそばの植物園でチョコレート作成フェアをやっていて、俺は一度だけ参加したことがある。おおまかな作り方は頭の中にある。


 だから実感をもって言えるんだが、これをチョコレートにするのは簡単ではない。体力も必要、繊細な温度コントロールも必要だ。 


 

 この種を使って加工していく。


 まず、種を木の箱にいれて発酵させる。

 ↓

 発酵させたら、乾燥。

 ↓

 生育の不十分な豆を弾き、豆を丁寧に洗う。

 ↓

 洗った豆を120度程度で焙煎する。

 ↓

 殻と胚芽を取り除く(カカオニブ)。

 ↓

 そして、一番たいへんな作業。

 上記カカオニブを砕き、すり潰す。

 砂糖とバターも入れ、ひたすらすり潰す。

 でも、これは人力では無理。

 5時間を作業にあてても、ザラザラだった。

 ↓

 だから、ここは魔道具に頼る。

 魔道具自体は単純なものだ。

 構造は、前世のミキサーを参考にする。

 ↓

 そして、次も大変。

 手作りチョコレートでも失敗する工程、

 テンパリングだ。

 ↓

 チョコレートの温度を上げて、下げて、

 また上げる。



 ここで俺はチョコレート製作進捗がストップする。温度を覚えていないのだ。風呂より熱い温度、人肌よりも冷たい温度、そして、さらに数度だけ温度を上げる。それは覚えている。しかし、カカオの配分で温度が微妙に変化する。1度の違いでできあがりが違ってくる。


 失敗するとどうなるか。

 表面が白くなり風味や食感が悪くなったりする。



「まかせてください!」


 手を上げたのは、美也だ。さすが女子。バレンタインデーの度に手作りチョコを期待され期待された回数の手作りチョコに失敗してきた。だから、練度が違う。


「スイートチョコレートなら、溶解(50~55℃)、下降温度(26~27℃)、調整温度(31~32℃)です」


 で、実践してもらった。


 この作業のために、急遽温度計を作る。ガラス管にアルコールを入れ、アルコールの温度による膨張・収縮により、温度を測るわけだ。


「おお、できた!」


 何度か温度を変えてチャレンジした。見事にツヤツヤの光沢やパリッとした固さのある、くちどけ滑らかなチョコレートが完成した。


 スイートチョコレートとは、成分がカカオマスとカカオバター、糖分のもの。


 テンパリングの難しさは、カカオの配分により適正温度が変化することだ。今でもチョコレート製造は難してくて、手作りチョコを作るたびに失敗をすることになる。昔であれば、相当な熟練の技が必要だっただろう。


 ◇


「あれがこうなるのか。すっごく滑らかそうなのじゃ。それにすっごくいい香りがするのじゃ」


「出来が良さそうだぞ」


「ちょっとナメナメ……ええっ、甘くてちょっぴり苦くて香りが最高なのじゃ!美味しすぎる!」


「チョコレート、たまりませんわ!」


「美味しいだべ!」


「ああ、駄目だよ。ちょっと我慢」


「あー」「お願い!」「ナメナメだべ!」


 どうにか押さえつけて、冷えて固まるのを待つ。

 溶けてるのをクッキーにもかけておく。


 ◇


「どう?」


「最高なのじゃ!」

「最高ですわ!」

「最高だべ!」

「ああ、この世界でチョコレートを味わえるとは」


「これさ、ケーキやアイスクリームにかけても美味しいんだよ」


「ケーキとかあいすなんとかってなんなのじゃ?」


「ああ、この世界にはないのか。スィーツといえば、チョコレートと並んで代表的なものだよ」


「ダンジ、そのケーキとかアイスなんとかとか、早くやっつけるのじゃ!」


「だべ!」



「いいんだけどさ、まずその前に、カカオの実を栽培しなくちゃ」


 カカオの実は普通高温多湿の地域で栽培される。しかも、日陰を好むという。実がなるまで数年かかるというし、そんなに簡単な植物ではない。


 でも、ここは特別な世界。


「ああ、芽がでてきたのじゃ!」

「はやーく、大きくなーれ!」

「なるダベ!」


 流石に1日で、というわけにはいかなかった。

 それでも1か月後にはカカオの実が。



 カカオが増産できたので、さらにチョコレート製品を作っていく。まずは、ミルクチョコレート。スィートチョコレートに牛乳を混ぜていくのだ。


 テンパリングに微調整が必要になるのが、チョコレートの難しいところだ。ここでも美也の知識が役に立つ。


「おお、苦みが抑えられて滑らかになったの」


「私はこちらのほうが好きですわ」


「オデも」


「でもさ、カカオ分が多いと美容や便秘とかに効果があるんだぜ」


「あー、妾は急に苦いのが好みになったのじゃ」


わたくしも」


「私は日本時代からハイカカオチョコファン」


「オデはミルクチョコレートがいいダベ」


 ◇


「さて、次は本当のスィーツの王様だ。ガトー・オ・ショコラ!」


「うむ。認定するぞ。お主がチョコレートがお菓子の王様という理由がわかる。高貴な香り、美しい見た目、苦みと甘さのハーモニー、そして上品で鮮烈なコク。パーフェクトじゃ」


「本当ですわ。天界の人たちもこれを味わえなくて、ざま……おかわいそうですわ」


「ダベ」


「ふふふ。おまえら、次のは王様じゃないぞ。帝王だ。ザッハトルテ!」


「おおお、なんと妖しくも人を魅了する見た目なのじゃ!チョコレートがたっぷりとチョコレートケーキの上にかかっておるのか」


「間に入っているジャムは?」


「カカオの果肉ジャムさ」


「うーむ、これ以上ないぐらいに甘いケーキじゃの」


「そういうときのために泡立てた生クリームが添えてある。それで口直しをするんだ。甘くないので丁度いいぞ」


「ああ、生クリームで余計にはっきりわかるのじゃ。甘さが背筋から頭のてっぺんまで貫き、陶然とさせておる……」


「私、是非ともパティシエになりたい!ダンジさん、作り方教えて下さいね!」


「あら、ミヤ。お花のお手伝いは?」


「勿論、女神様のお手伝いもします!パティシエと花屋は私の小さい頃からの夢でしたから!」


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