第44話 相馬美也、10階層に

【相馬美也視点】


「おお、とうとう10階層にたどり着いたか」


 私はどんどんと魔素に慣れていった。魔猫に守られつつ、剣技も向上していった。そして、ようやく10階層への門をくぐった。


「半年かかりました」


「上出来じゃの。この階層に来る人間は殆どおらん。これでミヤも魔人じゃの」


 魔人というのは、魔素に馴染み魔素で強化された人間のことだ。当初は気づかなかったが、いつの間にか私は肩がこらなくなった。冷え性もなくなった。手のひらをかざすとオーラで覆われていた。さらに周囲の魔素の影響を感じ取れた。私にも索敵スキルができたということだ。


「ミヤ、魔素がダダ漏れになっているから、もう少しレベルをあげて魔素のコントロールできるようにな」


 魔素のコントロール。仮に私がダンジョンの外へ出かけると、回りに魔素を撒き散らし、周囲に多大な影響を与えてしまうという。魔素コントロールのやり方を教えてもらい、同時に10階層に馴染むよう努力した。


 流石に10階層は私には辛い。魔素酔というものがある。魔素は人間には毒素に近い。ダンジョンでは酒酔いと同じ症状が出る。


 最初期ではさわやかで陽気な気分になる。それが徐々にほろ酔い気分となり理性が失われ、酩酊状態になると喜怒哀楽が激しく立てばふらつき千鳥足になる。吐き気・おう吐がおこることもある。泥酔状態になると意識が不明瞭になりやがて昏睡状態に陥り、最悪死亡する。


 森ダンジョンは魔素濃度がかなり濃い。他のダンジョン、例えば平均的と目されるCクラスダンジョンよりも3倍以上濃度が濃い。つまり、森1階層はCクラスダンジョンの3階に匹敵する。森10階層ならば30階以上に匹敵する。


 普通の人間ならば3階層が限度だ。4階層以上は魔素耐性のある人しか行けない。私達転移者はその魔素耐性があった。だから比較的簡単に魔素に馴染んだが、流石に5階層、そしてここ10階層となるとぐるぐる目がまわって気持ちが悪い。


 転移魔法で拠点の5階層に戻ることができるので私は5階層で体を休ませつつ、10階層で体をなじませていった。やがて10階層でも活動できるようになった。



「もうここまでくれば王国は追ってこれないな」


「はい。ほっとしてます」


「で、どうするんだ?」


「できれば、私に料理を教えて欲しいです。幼い頃からの夢はお菓子屋さんか花屋さんでしたから」


 私はようやく剣の呪縛から逃れられる。


「あら、お菓子のほうはダンジにまかせるとして、花屋さんなら花づくり手伝ってもらえません?」


 申し出があったのは、光輝く女神様からだった。


「畏れ多くて」


「畏まる必要は少しもありませんのよ」


「そうじゃ。元女神というだけで今は妾たちの仲間じゃしの」


「はあ」


 お菓子づくりは簡単だった。だって、魔道具があるから。でも、魔道具無しでお菓子を作ると大変だった。美味しく作ろうとしても安定しないのだ。同じ様に作っているつもりでも昨日と今日、形が違う。味が違う。


 魔道具だと安定して最上級のお菓子が作れる。でも、それではいけないのだ。私は手作りで経験を積んでいきたい。


「気楽に、でも諦めるな。魔道具に頼りっきりでは本当の実力は身につかない。一歩一歩、簡単に頂上にはいかないさ」


 剣だって同じだ。幼い頃の私は竹刀を満足に振れなかった。悔しくて泣きながら竹刀を振るったこともある。それを思い出しながら、私は小麦をこねる。


「お花づくりはどう?楽しいでしょ?」


 店の回りにはいろいろな植物が咲き誇っている。野菜や穀物、果物が主体だ。花は女神様が植え始めた。女神様は花の庭園を計画しているらしい。

 

「天界は花が咲き誇っていてそれは美しいですのよ。あの美しさだけはなんとかここでも実現したいのですわ」


 花づくりは日本で栽培するよりもずっと簡単だ。だって、種を植えればすぐに発芽し、1週間もすれば花が咲く。ダンジョンの特性らしい。


 ◇


【ここからダンジ視点に】


「ダンジさん、ご相談が」


「なんだ?」


「王国の召喚計画なんですが、3月1日の召喚が成功したと聞いています」


「ふむ」


「噂によると複数が召喚されたそうです」


「マジか。これ、どこかで止めなくちゃいけないよな」


「私もそう思います」


「王族に挨拶しなくちゃいけないしな。人を勝手に転移させる報いを受けてもらわねばな」


「ダンジ、王族程度ならすぐにどうにかできるのじゃ」


「え、そうなのか」


「あたりまえなのじゃ。人間って、ごっつ貧弱なのじゃ」


「ですわ。それに、異世界召喚なぞ、天界的にも違法ですの。天界は基本的に下界のことにはノータッチですが」


 うーむ。確かに、王国の奴らにははらわたが煮えくり返っている。ぶち殺してやりたい。


 でも、正直いうと俺はビビってた。少人数を相手にするんじゃない。相手は国家なんだ。


「まずは、召喚された人たちの情報収集が先じゃないか?そして、身柄保護」


「ですね。そもそも、本心から王国側に共感している召喚者もいるかもしれないし」


「ああ、本人の意思を確認する必要があるな」


「なんやメンドくさそうやが、必要ならいつでも言うのじゃ。なんなら、城に入り込んでみるか?簡単やと思うぞ?」


「そういや、俺達、街に行ったときにずっと隠蔽スキルを使ってたよな」


「そうなのじゃ。あれをもう少し強めにかけて、城とか結界をかけとるかもしれんが、スルーバスなのじゃ」


「ここの猫結界でも気にせず通り過ぎる高位魔物ばかりだな」


「猫結界って、低位魔物を防ぐぐらいには強いのじゃ。そして、人間の張る結界なんぞ、猫結界には遠く及ばんのじゃ。それに、いざとなれば女神リーナがおる。リーナの力は半端ないぞ」


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