第42話 相馬美也視点1

 私の両親は剣道バカだった。父は剣道5段。母は剣道4段。両方とも全日本選手権出場経験あり。


 特に父は将来を嘱望されていた。全日本の覇者になるだろうと。でも、頂点を極める前に膝を故障した。それがかなりの重傷で結局剣道は引退した。


 父は、夢を娘である私に託した。幼い頃から私は厳しい修行を積み、大学日本1に輝くほどの栄光を掴み取る。


 幼い頃はあんまり疑問はなかったかもしれない。でも成長するにつれ、疑問だらけになった。なぜ、私は望まない生活をさせられているのか。


 私は普通の女の子なんだ。オシャレもしたいし、美味しいご飯を食べに行きたいし。彼氏だってほしいし。


 でも、そういうのは全くナシ。ひたすら修行。今どきの若者が。何が悲しくてクッサイ防具つけて剣道やんなくちゃいけないのか?


 剣道経験者なら知っている。あの防具の気持悪さを。特に夏。Tシャツ1枚でも汗が滴り落ちるのに、あの防具をつけて動き回る。防具も汗だくになる。で、それを陰干しする。たまに専用洗剤で洗うけど、普段はとっても臭い。


 その臭いが体に移る。とれない。同級生たちが綺麗なカッコをしてふんわりとしたいい香りを振りまいているなか、私は自分の手の臭いに嫌気がさしていた。


 だのに、大学まで剣道を続けてしまった。大学日本1にもなった。警察とかから勧誘もあった。でも、私の剣道人生はこれでおしまい。私は履歴書に一切剣道のことを載せずにとある一流企業に就職することができた。これで私の新しい人生が始まる。


 ウキウキしつつ3月を迎えた。今日は就職のためのもろもろを買いに行く日。私は玄関で靴を履いていた。すると、軽く気が遠くなる感覚があり、気づいたら私は石に囲まれた部屋にいた。



「成功したぞ!」


「勇者様だ!」


 私はわけもわからず、すぐに腕輪をはめさせられた。すると、妙に気持ちが落ち着く。


「ようこそ、勇者様。貴方様は我が国を救いにいらっしゃったのです」


 別室で水晶の上に手を置くように言われた。


「ああ、剣聖だった」


「残念」


 そういう声が聞こえた。


「まあ、勇者様を支える人員としては超一流」


「そうだな」


 勇者?剣聖?


 

 私は服を着替えさせられた。言われるがままだった。この事態に疑問は遠い彼方にあった。そうして連れてこられた広い部屋。


「王の御前だ。頭を下げよ」


 言われるがまま、私は頭を下げた。


「よいよい。苦しゅうない。頭をあげよ」


 私は頭を上げた。眼の前にはでっぷりとした中年男とギラギラした宝石で飾られた中年女、そして意地悪そうな若い女性がいた。


「おう、我が国の顔立ちとは違うが、なかなかエキゾチックな美人ではないか」


 いきなりか。

 セクハラだぞ。

 と今ならそう思う。


「残念ながら勇者ではなかったが、剣聖か。副賞の大当たりというところか」


 なんだ、この失礼な男は。

 と今ならそう思う。


「あなたはこの世界を救うためにお越し頂きました」


 意味がわからない。それからは長々と説明された。涙ながらに。一言で言うなら、魔族の魔王の弑逆から私達をすくって欲しいと。


 なんで、私が?

 と今ならそう思う。

 でも、当時はそれが当たり前だと思った。

 私はこの国を救うのだ!



 私は剣道を引退したはずだ。しかし、転移した翌日から剣の稽古をはじめた。私は剣道とは違うこの国の剣の技術を学び、あっという間に強くなっていった。


 通常の剣技術の他に、剣先からは衝撃波も飛ばすことができた。まるで魔法だ。10M程度の距離ならこれでカバーできた。ありえない。そんなありえない技術をいくつも体得した。半年もすると、私は王国でもトップクラスと言われるようになった。


 ある日、私はちょっとした不注意から相手の剣攻撃をうけてしまった。頭を強打し、私は仮死状態になった。


 気づくと私は医療室のベッドの上だった。見慣れた光景だった。私は修行中、何度この部屋のお世話になったか。


 ただ、今回は少し風景が違った。

 いや、私の心の中が違った。


 私は縛り付けられたものから開放された。

 それを実感していた。


 あとでわかるが、私につけられた腕輪。拘束の腕輪。魔道具であり、別名奴隷の腕輪。その効能がストップしていた。仮死状態になったことで腕輪が私を死亡認定して役割をやめたのだ。


 

 私は事態をすぐに察した。

 王国の行ったこと。

 それは誘拐犯罪だ。


 私には隠蔽スキルが発現していたこともあり、城の内部をできる限り嗅ぎ回った。驚くことが次から次へと発覚した。


 魔族の国。悪辣な国と説明を受けていた。とんでもない。魔族の国は平和で、住んでいる魔族は民度が高い。魔王は穏やかで賢王。もちろん、王国に攻撃を仕掛けていない。


 王たちが狙うのは、魔族の金鉱山。そのために魔族の土地の一部を占領したがっている。その侵略の尖兵として召喚を続けている。特に日本人をターゲットとして。


 日本人をなぜ狙うのか。いや、日本人を狙ったわけではない。王国には黒目黒髪の人々が王国を救うという伝説がある。さらに、頭脳明晰、武道経験あり。そして、誠実で従順であること。この条件を入力すると日本人が該当することが圧倒的に多いのだ。武道なんて、体育の授業でやったりするしね。


 特に、誠実で従順であること。なにより従順だ。王国には都合が良かったのだ。イエスマンしかいらない。


 勇者を求めているのは、勇者は魔族特に魔王に対して絶対的な優位性があると考えられていたからだ。


 そして驚くことに、彼らは失敗したならともかく、成功しても我々を殺すつもりであった。国民に人気が出るとうっとうしいからだ。後顧の憂いを、というやつだ。

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