第35話 冒険者 卵焼きとアップルパイにノックアウト
「いらっしゃいませ!」
「あのー、5階のダンジョン協会で聞いてきたんですが。ここ食堂ですか?私も入っていいですかね?」
筋骨隆々、ハゲ頭の大男が店に入ってきた。一瞬、山賊かと見紛えるような強者の雰囲気がある。が、物腰は意外と柔らかい。
「もちろんですよ!さあ、空いたお席へ!」
「お客さん、人族の方ですか」
「ええ、そうなんですよ」
おお、この店初めての人族のお客さんが来た。
何度も話してきたが、多くの人族はこのダンジョンでは3階層あたりで限界が訪れる。単純に濃い魔素濃度にアジャストできないのだ。
これは能力の問題というよりも体質の問題である。
酒に弱い人は訓練して多少は飲めるようになってもガバガバ飲めるようにはならない。それと同じで人族は魔素への耐性が弱い。
しかし、稀に濃い魔素濃度を突破してくる人族もいる。そういう人たちは体質が元々違うか、体質を変化させてきている。
つまり、俺のように魔人化しているのだ。魔素濃度の濃さに馴染むと身体も強化され、自然とより強い魔物にも対応できるようになる。
そうしてここ10階層にたどり着いた人族は、魔人として一般的な人族とは比べ物にならないような強度を持つ存在となる。
ちなみに、このダンジョンは冒険者ギルド的な区別ではSクラスと称される。
この世界のダンジョンには7種類ある。S、A、B、C、D、E、Fクラスのダンジョンだ。
それぞれのクラスのダンジョンは規格化されているかのように、階ごとの魔素濃度が一定している。そして、それに合わせて魔物は階ごとに決まった大きさの魔石を落とす。
例えば、Sクラス10階に出現する魔物はそれがなんであれ、落とす魔石の大きさは一定である、ということなのだ。
そして、例えばSクラス10階の魔石を得ようとするのならば、Aクラスでは15階まで行く必要がある。Bクラスなら23階、Cクラスなら34階というように、階数が5割増しになる。
魔石の大きさと各ダンジョンクラス、階数には相関関係があるので、冒険者ギルドでは冒険者の強さを見る指標としてB20というような言い方をする。
Bクラスダンジョンの20階に到達しそこで魔物を討伐した冒険者、という意味だ。
さらにその後に、何人で到達しそこで魔物を討伐したかの数字がつく。C10ー4ならば、Cクラスダンジョン10階に4人で、という意味だ。
どのクラスのダンジョンに到達したかあるいは人数は、冒険者の自己申告になるのだが、魔石の大きさがその証拠の一つとなる。自己申告に関しては、詐称しているかもしれないのだが、詐称しているとわかれば当然認定を取り消されるし、一定期間、冒険者活動は制限される。
もっとも、実際のダンジョン活動においては詐称してメリットがあるのかはわからない。見栄のためとか何らかの詐欺行為のために詐称するのだろうが、そこまではギルドの関与するところではない。ただ、詐称した、という事実が分かり次第、処分されるということだ。
Bクラス20階とCクラス30階の魔素密度は同程度である。B20であろうとC30であろうとそれは同じような意味になる。
魔素にこだわるのは、それだけ人族は魔素への耐性が弱い、ということと、魔素に馴染んだ人体はそれだけ様々な力が増しているからだ。
また、階数の増加と魔物の強さはある程度比例する。深い層ではその限りではないが。
「見たところ、マスターも人族っぽいですね?」
「ええ、そうなんですよ。縁があってここで食堂やってます」
「いやあ、縁があるといったってここSクラスダンジョンの10階層ですよ?」
「まあ、いろいろありましてね。それに私は魔人化してるらしくって」
「ああ、私もそうみたいです。4階層にチャレンジしてるうちに体質が変化していったみたいで。すると、考え方も魔人化するっていうか、何しろ上位魔物の言葉がわかるようになってきて」
「ああ。わかります」
「5階層のダンジョン協会には驚きました。最初はわからなかったんですが。突然建物が見えるようになりまして」
「ああ、気配察知スキルがあがったんですね」
「ええ、協会でそう言われました。協会のみなさん、魔物の方が運営しているのもそうなんですが、かなりの知性の持ち主なんですよね」
「ですねー。一般的な人族を大きく越える知性と身体能力の持ち主ですね」
「ええ。それに民度も高くて。私は今まで魔物に偏見もってたってことに気づいてショックを受けました」
「ああ、カルチャーショックってやつですか」
「ですね」
「まあ、お話もなんですから何かオーダーされては。これメニューです」
「はあ。焼き肉がメインですか」
「ええ。魔牛とコカトリスの鶏肉あたりが中心ですね。なんならテイスティング・メニューといって様々な料理を少量ずつ味わえるメニューもありますよ」
「ああ、じゃあそれください」
「畏まりました」
「はい、お待たせいたしました」
「おお、何皿も並んで見栄えも美しいですね。それに香りが素晴らしい。では頂きます」
「まずは前菜の生ハムカルパッチョですか。ほお、味が濃厚ですね、でもスプラウトと合わせるとさっぱりしてますね。食前酒のりんご酒も爽やかで口当たりが素晴らしい」
「スプラウトはブロッコリーの新芽ですね」
「この黄色いケーキみたいなの、卵なんですか。これも驚きました。味が薄いようなのに、なんて風味豊かで洗練されてる料理なんだ」
「だし巻き卵っていいます」
「肉は魔牛の内蔵3種、肩肉、それからコスタリカのもも肉ですか。ほお。なんて美味しい肉なんだ。ジューシーで焼き加減も最高だ。この甘辛いタレも絶妙ですね」
「タレは醤油っていう新しい調味料を使ってます」
「この肉のみじん切りを固めて焼いたもの。肉の味もさることながら、ソースの奥行きが見事です。それとじゃがいもの突き合わせもフカフカでこんなに甘みのあるものだったのですね」
「肉の塊はハンバーグっていいます」
「ニンニクの味付けがされたオリーブオイルとこのパゲット。こんなにフカフカなパンを僕は食べたことがない。しっかりと小麦の香りもするし、香ばしくて味わい深い」
「ありがとうございます」
「それとこの小さなボウルに入った小品、とろとろ卵と適度な歯応えのあってコクのある鶏肉と、これはなんて穀物なんだろう?素晴らしい味です」
「お米ですね。親子丼って言います」
「ふう。堪能いたしました。最後に紅茶とアップルパイですか。ああ、こんな高級なお菓子が頂けるなんて。甘さと酸味が程よく絡み合った一品ですね。紅茶も醸し出される香りが気分を落ち着かせます」
「いかがでしたか」
「いや、本当に驚きました。こんなに美味しくて洗練されている料理を私は食べたことがありません。ああ、こうなると普段食べている料理が食べられなくなりそうだ」
「10階層へは転移魔法陣ですぐこられますし」
「それに、代金は魔石ですか。魔物を狩りながらこの店を目指せますね。私には負担にならない。ごちそうさまでした」
◇
彼が来店してからは、ボチボチと人族が顔を見せるようになった。彼らは冒険者と呼ばれる人たちで、彼らの集う冒険者ギルドでは10階層を目指せ、が合言葉になっているらしい。
常連さんになったのは、初めて来店した彼ー冒険者ギルドのギルマス他数名である。彼らは来店すると決まって卵焼きとアップルパイをお土産にもってかえる。冒険者ギルドでは大絶賛で、10階層チャレンジ熱がますます高まっているという。
熱が高まったせいか、冒険者ギルドでは10階層にたどり着いた冒険者には、S級認定をすることになった。
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