第34話 お客様は神様です2 鰻の蒲焼は恋の味
ホブゴブさんの話がぐるぐるルーティン化し始めている横でこっちでは
「まいったよ、彼女が口聞いてくれなくてさ」
こっちは男同士の会話だ。お客さんはハイ・オークのオクタさんだ。接客するのはインキュバスのバジル。
「何があったんです?」
「ほら、俺って女好きだって誤解されてるじゃん?気軽に声かけてすぐに迫ってくるとかさ」
「そんなことないでしょ」
「そうなんだよ!簡単に声なんかかけないし、声掛けたってすぐに迫ったりしないし、ああ、この子孤独なんだな、って同情して慰めてあげようとすることは本当にたまにあるかもしれないけど、俺、ナンパじゃないんだよ。あくまで寂しそうだから声かけてるだけなんだよ」
「お優しいんですね」
「そうなんだよ。でさ、俺の彼女。疑いをもってるわけ。なんか、女友達がさ、ないことないことを吹き込んでるわけ。俺がナンパ師だって。強姦魔だってホザイたときには殺意湧いたよ。ホント、風評被害も甚だしいんだよ」
「ああ、それはいけませんね」
「でさ、もう一ヶ月もボツ交渉っていうかさ、夜がないわけ。どうしたらいい?」
「うーん、彼女さんの誤解を解かないと……」
「だよね、俺、毎日一生懸命彼女に話しかけてるの!あんな女の言う事聞いちゃダメだって。俺の愛してる女はおまえだけだって」
「いい感じじゃないですか」
「だよね!だよね!もうさ、情熱的にかたりかけてるんだけど、反応がイマイチなんだよね」
「そうなんですか……本当に内緒の話なんですが。あのですね、うちにですね、必殺の裏メニューがあるんですけど」
「お、なになに」
「大事なお客様だからこそ、教えるのですから、決して口外されないようにしてくださいよ」
「おお、わかったって。で、何?」
「実はこういうものがありまして……」
マジックバッグからチラリと隠すように、いい匂いのする丼を見せる。
「え、それなに?」
「
「ああ、わかるわかる!ぜひ譲ってくれ!」
「いいですけど、絶対口外なさらないようにお願いしますよ?」
「わかった!絶対口外しない!」
「はい、では彼女さんとお客様のご夕飯にこれを」
◇
「おや、オクタさん。なんだか、元気ないですね。例の件、上手くいかなかったんですか?」
「うん。君の言う通りさ、あれからラブラブなんだよ」
「ほう。よかったですね」
「いや、それがさ。ラブラブっていうかさ。彼女が情熱的になったというかさ。離してくれないっていうかさ。回数と質の両方を求められるっていうかさ」
「ああ、それで」
「そうなんだよ。げっそりなんだよ。体重的にも。精神的にも。どうしたらいい?」
「そんなお客様のために、こんなのはいかがでしょう。あ、前回同様、お客様だからご紹介するんですよ?どうか、ご内密にお願いしますよ?」
「おお、絶対口外しないって!ありがとう。で、何?」
「はい、これを」
数日後、再び元気を取り戻した男が店に現れるのである。何を渡したのかは秘密であるが、バジルは隠し玉を多数用意できるのであった。
◇
こんなお客さんもいる。3頭のケルベロスだ。
ダンジョンでも強面で通っている。
「ウウ!」「ガウガウ!」「ガガガ!」
「あらあら、こちらのお客さん。どうされましたか」
「いや、サローナ、聞いてくれよ。コイツラったら酷いんだぜ」
「酷いのはお前だよ」
「酷いのはお前らだよ」
「まあまあ。前まであんなに仲良かったのに」
「あれは幻さ」
「あれは過去の話さ」
「過ぎ去った話はやめとくれ」
彼らによると、飲んだ後の締めで対立しているという。
「前までは、好みに差なんてなかったよ。だってさ、獲物を狩る。生肉にむしゃぶりつく。これしか選択がなかったしな」
「頭は3つで胃袋は1つだからな。どの頭が食べようと構わなかったんだ」
「でもさ、この店ができたろ?で、メニューを一通り頼むだろ?すると、好みが分かれるわけ」
「俺はさ、魔牛の焼き肉が食べたいわけ」
「俺は、コカトリスのもも肉が食べたいわけ」
「俺は、ほっかほか親子丼が食べたいわけ」
「でもさ、腕は一対しかないわけ。あっちこっち、料理を食べるのがめっちゃ忙しいわけ」
「まあまあ。譲り合って食べればいいじゃありませんか」
「普段はそうさ。でもね、この店で酒飲むだろ?美味すぎるだろ?痛飲するだろ?そうなるとさ、締めに何を食べるかでもめるわけ」
「それぞれがお好きなものを食べればいいではありませんか」
「もちろん、してるさ!」
「でもさ、酔っ払ってるからさ、俺達はどいつも早く飯を食いたいのよ。だって、美味すぎるし。腹減ってるし。でもさ、他の二つの頭が食べるのを待ってなきゃいけない。腹が立つよね?」
「腹立つのは俺だっての」
「俺だっての」
「おまえらが魔牛の焼き肉を食べれば解決だっての」
「そこはコカトリスのもも肉だろ?」
「ほっかほっか親子丼に決まってるだろ」
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