第30話 ハンバーグはデミグラスソースから

ハンバーグはデミグラスソースから】


「こんにちは。さっそくですが、ダンジョン協会、竣工しますので、ご挨拶に伺いました」


「おや、サートさん。昨日の今日ですか(笑)」


「ええ。職員の間で早くしろ、という声が多くて。ぶっちゃけ、この店目当てが多いんですよ」


「そりゃ、嬉しいことを」


「ここの肉は素晴らしすぎますからね。私どもの主食は肉が多いのですが、生肉か、ざっと焼いたものばかり。同じ魔牛でもこれほど味が違うとは驚きました」


「そんなに難しいことではないですよ。コツさえつかめばどなたでも」


「いやいや、まず魔素を抜くというのが目から鱗というやつで。今まで魔素入りの肉というのが普通でしたから、魔素の味というのがあれほど味に影響しているのか、などとは思いもしませんでした」


「ああ。魔素入りだと少し苦いですかね」


「はい。あと、味がぼんやりとしますね」


「うん、そうですね」


「かといって、魔素を抜く、というのはかなり精緻な魔法コントロールが必要なんですよ。普通、魔法はガッとやるのが普通でして。繊細じゃなくて豪快方面に振ってるもんなんですよ」


「ああ、攻撃魔法が多いからですかね」


「そうですね。あと、魔物的にも細かいところに気が回らないというか」


「まあ、魔素抜きはともかく、あとは血抜きをしっかりやることと涼しく湿った場所で熟成を重ねること。あと、高温で焼かないこと、ですかね」


「熟成はともかくですね、高温で焼かないこと、というのもなるほど、と思いました。私達は肉を焼くときはガッと火魔法で炙るんですが、だいたい表面は焼け焦げ、中は生、というのが普通ですから」


「慣れれば、すぐに美味しい肉が焼けるようになりますよ」


「ですかね。まさしく職人の技、という感じですが。あと、ドリンク類も大変な美味で」


「ええ。おかげさまで水の精霊さんの泉水によることが大きいですね」


「なるほど。水の精霊はあんまり仲良くならないんですが」


「フレイヤの線で融通してもらってるみたいです」


「ああ、フレイヤ様ですか。彼女は顔が広いですからね。羨ましいです。ところで、焼き肉以外のメニューはないのでしょうか?いや、焼き肉だけでも私どもは大満足しておって、決して不満があるとかそういうことではありませんが」


「正直、準備不足で開店した面がありまして。でも、そろそろ余裕が出てきましたから、今後は新メニューを追加していきますよ。楽しみにしてください」


「おお!聞いてみるもんですね!楽しみに待ってます」


 ◇


 俺の言葉は嘘ではない。魔牛には焼き肉にあまり向かない部位とか普通なら捨ててしまうような素材がある。そういうのは熟成室かマジックバッグに貯めてある。


 その典型的な部位を使ってあるソースを作る。骨と魔牛のテール。作るのはデミグラス・ソースだ。ソース・ドゥミグラスとも言う。


 デミグラスは非常に時間がかかる。最低でも1週間。量が多いと1ヶ月ぐらいかける人もいる。


「そんなに時間がかかるのか?」


「ああ、決して難しいものではないが、根気と細心の注意がいるな」


 そのための第1歩。フォン・ド・ブフを作る。フォンは出汁。ブフは成牛。


 フォン・ド・ヴォーというがある。仏料理の基本中の基本の出汁だ。あのヴォーというのは仔牛。


 ただ、日本では仔牛の骨はあまり流通していない。しかも高価だ。さらに、出汁取りは非常に面倒である。時間も手間暇もかかる。だから、フォン・ド・ヴォーは仏直輸入の既製品を使うことが多い。


 あと、デミグラス・ソース自体が世界的にあまり作られなくなっているという。フォン・ド・ヴォーよりもジュを使うことが多い。ジュというのは肉汁・焼き汁のことだ。動画を見てもジュを使うことが非常に多い。


 俺がヴォーではなくブフを使うのは、魔牛はリポップでいきなり成牛として誕生する。仔牛がいないのだ。それと、デミグラスソースには、ブフが似合う。仔牛に比べて癖があるが旨味がしっかり出る。


 出汁取りに骨を使うのは一つにはコストの問題。ラーメンスープに鶏ガラを使うのと同じ。


 もう一つは、旨味成分。肉にはイノシン酸が多く含まれる。骨にはグルタミン酸だ。よく骨付き肉が美味しいと言われる理由は、ここにある。肉に骨の旨味が移るからだ。



「妾も骨付きの肉は好きじゃぞ」


「私もそうですわ。骨付きの肉を炙って食べると大変美味なのですわ」


 作り方は難しいというよりも面倒だ。

 行程は


 ●フォンドブフ

 ①牛骨と牛スネ肉を焼く

 ②炒めた各種野菜とともに①を煮込み

 ③②の肉と骨に野菜を加え煮込む

 ④②と③をあわせて煮込む


 もちろん、灰汁や脂を取り除きながらだ。焦がしたり、沸騰させたりしてはいけないし、そんなのが数日にわたって続くんだ。


 ◇


「ようやくフォンが完成したか。どうだ見てみろよ、この煮凝りを。美容にもいいかもな」


「そうか?ちょっとなめさせて見ろなのじゃ……うーむ、別段美味いというほどのもんでもないのじゃ」


「私にもたもれ……確かに美味しいものではありませんわ」


「ふふ、これが料理に奥深さを与えるんだよ。まあ、待てって」



 続いての行程は

 ●ソースエスパニョール

 ⑦牛スジ・クズ肉をローストしておく

 ⑧溶かしたバターに強力粉を混ぜる

 ⑨⑧を色づくまで加熱する

 ⑩⑨にブイヨンを少しずつ混ぜていく

 ⑪④⑦⑩にハーブなどを加えて煮出し漉す

 ⑫⑪にトマトペーストを混ぜて煮込む


 そして、

 ●デミグラス・ソース

 ⑬牛テールを煮込む

 ⑭肉を適当な大きさにカットし、

  フライパンで焼き色を付ける。

 ⑮スライスしたエシャロットをバターで炒める

 ⑯⑮に赤ワインで沸かしアルコールを飛ばす

 ⑰⑯に④の一部を混ぜ煮込む

 ⑱牛テールを取り出し煮汁は濾しておく

 ⑲濾した煮汁を1/5ぐらいまで煮詰める。

 ⑳煮詰まったら⑫と合わせて、さらに煮詰める

 ㉑最後に塩と黒胡椒で味を調えて

  しっかり冷やしておいたバターで繋ぐ。


 こうしてデミグラスソースが出来上がるのだ。


 ◇


「このデミグラスソースを使ってハンバーグを作るぞ」


「ハンバーグじゃと?」


「魔牛のうち、ステーキや焼き肉にしにくい部位を細切れにしてまとめたものを焼くんだ」


「ほお。美味そうじゃの」


「当たり前だろ。肉汁がほとばしって美味いぞ」


「話を聞くだけでお腹が空いてきましたわ」


 ハンバーグの調理方法は

 ①魔牛ひき肉に塩を入れてこねる。

  次に玉ねぎ、乾燥パン粉、牛乳、溶き卵、

  こしょうを加えて捏ねる。

 ②焼成

  これはステーキや焼き肉と同じだ。

  60~65度の温度を保ったまま、

  じっくりと焼き上げる。



「面白い実験をしてやろう。いいか、ここに3つのハンバーグの種がある」


「ふむふむ」


「①50度くらいで焼く ②60度強で焼く ③70度焼く この3つのパターンで種を焼いてみた。食べてみろ」


「①は生焼きって感じじゃの。②はジューシーでちゃんと火が通っておる ③はパサパサではないか。焼すぎじゃの」


「わかるだろ。10度の違いを出したが、ほんの数度でも大きな違いがおこる」


「ふーむ、微妙なんじゃの」


「この微妙な違いをじっくり魔道具に覚え込ませるんだ。まるで子供に教えるようにな」


「料理用の魔道具は大変なんじゃの」


「そうだな。一旦魔道具を作り上げれば非常に料理が簡単になるんだが、そこに至るまでが大変なんだ」


「うむ。よくわかったから、完成品を食べさせるのじゃ!」


「よっしゃ!デミグラスソース・ハンバーグだ!」


「もう、待ちくたびれましたわ!」


「待ってたべ!」


「フニャフニャ!バウバウ!」

 

 うーむ。自画自賛かもしれんが、このハンバーグ、俺史上最高レベルだ。この肉の焼ける匂い、ジューシーでコクのある肉汁、それに合わさるソースの洗練さ、噛めば噛むほど味がほとばしる肉、そして飲み込むと鼻を抜ける甘い香気、絶品じゃないか。



「ハンバーグだけじゃないぞ。ほれ、ビーフシチューだ」


 デミグラスソースに使ったテール肉にデミグラスソースをかけるだけでビーフシチューの完成だ。


「ううむ、こうやって見ると肉が主体かソースが主体かわからんの。渾然一体となっておる」


「肉の旨味と野菜の酸味が絶妙だど」


「本当に天界から下野して正解ですわ。天界ではこのような美味には巡り会えませんもの」


「ニャ!バウ!」



「さらにオムレツだ」


 これもオムレツにデミグラスソースをかけたもの。そもそも、この卵が超一級品なんだ。コクがあって卵特有の臭みがない。


 そのプレーンオムレツにこのデミグラスソースをかけるだけ。一級品のメニューだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る