第29話 焼き肉を求めて。ダンジョン協会
「店長、私は近くに引っ越してきたよ」
開口一番そう挨拶をしてきたのは、
開店日から毎日通い詰めているリュージュさんだ。
「元々10階層に僕の別荘があるんだけどね、ほら、10階層って言っても広いでしょ?ああ、僕の友達も何人かこのあたりに引っ越してくるって言ってたよ」
森のダンジョンには土地の所有なんて概念はない。気に言ったところに家を建てる。10階層だと、縦横10km程度の広さがある。対して、魔物は高位・低位合わせてもさほど多くいるわけではない。
家は土魔法で一気に立ち上げる。高位魔物ならば、全員がその程度の魔法を習得している。家には結界魔法をかけて魔物のリポップ・侵入を防ぐ。
「でね、ちょっとマスターにお願いがあるんだけど」
「どのような?」
「この店って、見たことがないようなハイカラな建物でしょ?特にガラスとか。参考にしたいから、少し見学させてもらえないかと」
「ああ、どうぞ」
このあと、森では建築技術、特にガラスの質が非常に高まることになる。人間世界の建築も参考にしつつ、高級住宅地の様相を呈していった。
◇
リュージュさんが近所に引っ越してきてから、毎日のように近所で新築工事が目についた。店の回りがちょっとした集落になりつつある。それに伴い、来店者がますます増加した。
「この森で一番住民の多いのは5階層なのじゃ」
「へえ。理由でもあんの?」
「まずな、人間対策じゃの。やつらはだいたい3階層ぐらいまでしか攻めてこん。5階層まで来るような人間は稀なのじゃ。それにその頃には人間は魔人化して我々の仲間になっておる。人間と魔人の境界線がそのあたりの階層にあるのじゃ」
「ほお」
「それとじゃ。あまり深い階層じゃと、高位魔物でも到達できないものもおる。魔素が濃くなっていくからの。高位魔物でさえも段々と適応できなくなってくるのじゃ」
「すると、階層に比例して魔物も強くなるのか」
「うーむ、必ずしもそうではないのじゃ。そうじゃの、海というものがあるじゃろ。あれは深い海域と言っても強い生物がおるわけではない。あれと同じじゃ。ただ、このダンジョンでは20階層ぐらいまでならそういう傾向はあるのじゃ」
「ふむふむ」
「それでじゃ。5階層ならば、全ての高位魔物が気楽に行動できる階層なのじゃ」
「なるほど」
「あとの、ダンジョン協会というものがあるのじゃ」
「ダンジョン協会?」
「一言で言うと、低位魔物の間引きを管理する団体じゃの」
「それ、おまえが前言っていたやつか。スタンピード対策とかいう」
肉にしていい魔物、脳筋系低位魔物は何もせずにいるとどんどん増えてしまう。増えすぎると、スタンピードが起こってしまう。スタンピードは魔物が狂戦士化する現象だ。
狂戦士になると異常興奮状態に陥り、しかも身体能力が倍ぐらいになる。そのような魔物が大挙して高位魔物に襲いかかる。一旦スタンピードが起こると、高位魔物にはたいへんな損害が出てしまうのだ。
そうした事態を防ぐために、高位魔物は普段から低位魔物を間引きしている。その間引きを管理管轄しているのがダンジョン協会だという。
「高位魔物は狂乱化しないのか?」
「うむ。高位魔物は理性が強いからの」
「ダンジョン協会はどこにあるんだ?」
「5階層じゃの。協会に限らず、あそこは高位魔物の家とか鍛冶屋とかちょっとした集落を形成しておるぞ」
「人間に見つかったらどうすんだ」
「結界が張ってあるから、人間程度のレベルではわからんのじゃ。それに5階層に来られるようなレベルの人間は半分魔人化しておる。つまり、半分はダンジョンよりの存在じゃ」
そのような会話をしていたある日のこと。
「こんにちは。私はダンジョン協会のもので、サートと申します」
ある高位魔物が店にやってきた。
ちょくちょく店に来ている魔物だ。
牛の魔物、ミノタウルスである。
「ダンジョン協会?」
「ええ」
「ああ、ちょうどダンジョン協会について話をしてたところです。で、御用は?」
「まずは、高位魔物としてダンジ様に協会への登録のお願いです」
「えー、高位魔物としてですか?」
「はい。ダンジ様は魔人であると思われますが、魔人も高位魔物に分類されております」
おお、なんだかちょっとひっかかるなあ。
「なるほど。費用と義務とかはどうなりますか?」
「そういうものは発生しません。あくまで任意活動ですから」
「わかりました。ダンジョンでこのような店をやっていることもあります。喜んで入会させて頂きます」
「ありがとうございます。で、ですね。もう一つはダンジョン協会本部は本来5階層にあるのですが」
「ええ。伺っています」
「人間にとっては深すぎる、高位魔物にとっては浅い、そういう階層です」
「ふむふむ」
「で、この度、支店をこの10階層に設けることになりまして」
「ほお」
「実はですね。ダンジさんのお店の周辺が発展しておりまして。我々もその一員になろうかと」
「わかりました。わざわざご足労頂きありがとうございました」
「建設が始まりましたら、改めてご挨拶に伺います。では」
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