3 砂糖の実とスイーツ

第16話 スィーツ大好きガルム登場

「それにしても、毎日毎日、こいつら性懲りもなく襲ってくるな」


 俺は少しうんざりしていた。

 ゴブリン集団とハウンド系の集団だ。

 

 猫結界があるとは言え、おちおち外出もできない。

 まあ、お陰で俺の戦闘スキルが向上してるが。


「そうじゃのう。少し安全地帯を広げる必要がありそうじゃの。うむ。少し待っておれ。ダンジョンには妾の古い知人がうろついておるのじゃ。そいつを連れてくる」


 と言ってフレイヤは外出、数日帰ってこなかった。


 ◇


「またせたのじゃ」


 ようやくフレイヤが帰ってきた。

 

「なんだよ、どこへ言ってたんだ」


 俺は玄関の外に佇むフレイヤを見て驚いた。なんだ?フレイヤの隣に不穏な影が。


「紹介するから外に出てくるのじゃ」


 俺はおっかなびっくり外に出てみた。

 玄関扉を通してでは一部しか見えない巨体。

 魔牛なみの大きさがある。

 毛は長い暗緑色。

 丸まった長い尾を持つ。


「犬のガルムじゃ」


 は?

 犬?

 こんなにでかいのにか?



 フレイヤの説明によると、地獄と現世の境界を守る番犬だったとのこと。

 

 無闇に冥界へと近付く者たちを追い払い、冥界から逃げ出そうとする死者を見張る。役目はそんなところだが、お役御免で次の代にバトンタッチした。


 で、今は老後をのんびり過ごしているらしい。と言いたいところだが、ガルムは番犬しかしたことがない。狩りをしようにも、威力が凄すぎて並の魔物では消滅してしまう。


 強い魔物の多くはいわゆる高位層魔物で、狩るわけにはいかない。ちょうといい強さの低位魔物はは数が少ない。だから、腹減って森をうろついているらしい。



「とりあえずじゃ。飯を頼むのじゃ」


「内蔵とか骨とかそのままでいいか?」


「勿論じゃ」


 俺はマジックバッグから内蔵と骨を取り出し、皿にのせてガルムに与えた。


「グオオオ!」


 ものすごい勢いで食べてる。骨なんかもバキバキ噛み砕いている。あんな太い骨が一撃だ。

 

 あんまり美味そうに食べるので、


「熟成肉もいっとくか?」


「おお、食べさせてやるのじゃ。熟成肉は美味いからの」


 俺は1kgほどの肉の塊を焼いてベストなタイミングでガルムに提供した。


「おお」


 ガルムは肉の匂いを嗅いだ瞬間に目を輝かせフリーズした。数秒後、ガルムは目もくらむような速さで肉にがっついた。一飲みだった。


 そして、俺に目で訴えかけている。


「ガルム、その肉は高級な肉なのじゃ。そんなにがっついたら味も何もないじゃろ。まあ、それでしまいじゃ」


「おおお……」


 泣くなよ、そんな大きい体して。


「どうじゃ?番犬に」


 どうじゃ、と言われても。

 怖すぎる。


 顔も怖いがなによりそのオーラ。

 近づくだけで死のオーラであの世へ行きそうだ。


「うーむ、そうじゃの。おい、ガルム。どうにかせよ」


「こんでどうだべ?」


 姿に似合わず、のんびりとした口調だった。

 ガルムはそう言うとするすると子犬になった。



「ふむ、どうじゃ、ダンジ」


「おお、これなら全然問題ないぞ。てか、こんな可愛くて門番できるんか?」


 できるどころではなかった。さっそくブラックハウンドが襲ってきた。奴らは毎日のように討伐しているのに、怯むことなくやってくる。


「ギャイン!」


 ブラックハウンドの群れは、ガルムを見た瞬間に尻尾を丸めて仰向けになり、腹を見せている。降伏の証だ。


 ああ、わかるぞ。

 俺も一瞬だけ感知した。

 ガルムから死の恐怖が撒き散らされたのを。



 こうして、ブラックハウンドも用心棒になった。

 店の周囲を巡回して、ゴブリン狩りに精を出す。

 

「基本的にはの、魔物は食べなくても魔素があれば死ぬことはないのじゃ。でも、死ななくても腹は減るのじゃ」


 なんだそうだ。ブラックハウンドはゴブリンを食い漁ったりする。しかし、ゴブリンは非常に不味いらしい。


 ブラックハウンドにも内蔵や骨を与える。非常に満足そうだ。ただ、熟成肉はちょっと間に合わない。まあ、そのうち余裕ができたら振る舞おう。



 ガルムは普段寝てばかりいる。起きていても、子猫と戯れているだけだ。割と老犬だからね。もっとも、寿命は千年以上残っているらしい。


「ダンジ、ガルムが言うにはの、お主の料理をたべると若返るらしいのじゃ」


 そうなのか?確かに、ガルムが日毎に毛の艶が良くなっている。まあ、俺の究極調理スキルは本当にチートだ、というのは日々実感してるから、こういうこともあるんだろう。



「ガルム、おまえリンゴジュースがすごく好きそうだな」


 俺達がリンゴジュースを飲んでるのをガルムがキラキラした目で見るもんだから、ガルムにもリンゴジュースを勧めたところ、実に嬉しそうに飲み始めた。


「オラは甘いもの大好きだ」


「なあ、フレイヤ。そろそろ砂糖も欲しいな」


「うむ。ガルム、お主はよく砂糖の木樹林をほっつき歩いておったじゃろ」


「んだ。あの実、すんごく甘えぇだ。んだども、数が少ねえだ」


「お主がでかすぎるからじゃろ。ガルム、ちょっと実をとってきてくれんか。試しに、ここで栽培するのじゃ」


「わがった」


 ガルムはのんびりした口調とは裏腹に風のように飛んでいった。そして、あっという間にもどってきた。


「こんでえーか?」


 ガルムはそういうと、マジックバッグから大量に赤い実を取り出した。


「おお、マジックバッグ」


「高位魔物には標準装備じゃ。ではの、植えてみるのじゃ」


 砂糖の実を植えてみると、すぐに芽がでて、数週間後にはまるで桜のようなピンクの花をつけた。


「おお、いい眺めじゃないか」


「うむ。さすがは究極調理の持ち主じゃの。この木は特定の場所にしか成長せんのじゃが」


 チートスキルさまさまだ。


「しかもじゃ。この花はなかなか咲かんのじゃ。このダンジョンには季節があんまりないのじゃが、どうも外の世界の春に合わせて咲くようじゃ。つまり、今は春ということかの」


「ダンジョンには季節がないのか?」


「厳密に言うと少し涼しい季節と少し暑い季節があるがの。雨もないし、非常に過ごしやすいぞ」


 桜は冬があってこその風情、という気もしなくもない。それでも、この桜に似た砂糖の木はダンジョンでは季節を感じさせる植物らしい。



 砂糖の木の花は1週間ほどで散りはじめ、そのあとにサクランボウのような果実が結実した。


「うおっ、すっごく甘いな、これ!ジューシーだし!」


「水で薄めたり、果実酒もいいかもなのじゃ」


「おお、あとでやっとくわ。とにかく、砂糖」


 砂糖は比較的簡単に採取できた。果実を絞り、果汁を沸騰させて冷ますだけ。すると、砂糖が結晶化するのだ。


 果汁の絞り粕は魔猫や黒犬どもが食いついた。残りの廃糖蜜は彼らの飲み物でもいいが、ラム酒づくりをしてみる。ラム酒はさほど難しい酒ではないはずだ。


 砂糖の木は花は年1回だが、砂糖の実は採取するとすぐに実をつけた。実は取り放題である。花が咲いてこその果実だと思うのだが。まあ、深くは考えないことにしよう。



「砂糖の木な、チェリーって呼ぶことにするわ。だから、チェリージュースとチェリー酒な。あと、廃密糖の酒はラム酒な」


「おではチェリージュース、大好きだ」


 子犬の格好をしたガルムは相好を崩してジュースを飲んでいる。ちなみに、器用にグラスを掴んで。


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