13
『え!?』
電話の向こうで、咲ちゃんが声を高くした。
『大丈夫? 酒匂先輩になにかされた!?』
「あ、違うよ。大丈夫。」
咲ちゃんがあまりに焦ったような声を出すので、私も慌てた。酒匂くんは、なにも悪くない。ただ、私の望み通りのことをしてくれただけだ。
『じゃあ、どうしたの?』
「うーん……セックスってどういうものか、分かったし。それでもう、いいかな。」
『そこからが、楽しいんじゃない。人によって全然違うのよ。一人と寝たからって、セックスがなにか分かった気にならないで。』
「……うん。」
咲ちゃんの言うことは、多分正しいのだろうと思った。酒匂くんのセックスと、諒ちゃんのセックスは違うのだろうとも。でも、私はもうよかった。人によって全然違うのだとしたら、何人と寝たところで、諒ちゃんのセックスが分かるわけでもない。
「私、好きなひとがいるみたい。」
言ってから、ぼんやり視界が滲んでいることに気が付いた。涙だ。
『そうなの?』
電話の向こうの咲ちゃんは、いつも通りだった。深刻になるやり方を忘れてしまったみたいな、軽い声。私はそのことに安心していた。今、真面目な声なんて聞かされたら、きっと情けなく大泣きしてしまう。
「うん。……ずっと、好きだったみたい。でも、その人とはね、セックス、できないの。」
「なんで?」
「血が、繋がってるから。」
それ以上咲ちゃんは、問いを重ねたりはしなかった。そっか、と軽く相槌を打って、迎えに行こっか、と訊いてくれた。身体、痛いんじゃないの? と。
「大丈夫。一人で帰れるよ。」
『そう?』
「うん。」
咲ちゃんはやっぱり、余計なことは言わなかった。ただ、じゃあね、なにかあったら電話してね、言って、電話を切った。
咲ちゃんは、自分がもてる理由を、軽いから、といつも言う、でも私は、優しくて、ひとの気持に敏感だからだろうなと思う。
身体を起こして、シャワーを浴びに行った。シャワーを浴びながら泣く、なんていう、一昔もふた昔も前のトレンディドラマみたいなまねは、辛うじてしないですんだ。ちょっと、鼻を啜っただけ。
諒ちゃんに会いたい、と思った。でも、同時に、諒ちゃんとは二度と会えない、とも思った。昨日私は諒ちゃんに、明日、セックスしない。咲ちゃんに、男の子紹介しなくていいって、電話する、と約束した。その約束を、破ってしまった。諒ちゃんとの約束を破るのは、まじりっけなしに、はじめてだった。
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