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「ねえ、キスってどんな感じ?」
私が諒ちゃんにそう訊いたのは、諒ちゃんの髪がまた以前みたいに伸びてきた頃だった。諒ちゃんは、一瞬私の言ったことを飲み込み損ねたみたいで、目を瞬いた。それでも私は、辛抱強く諒ちゃんの答えを待った。私には、この種の問いをできる相手が諒ちゃんしかいなかったから。お母さんやお父さんには到底訊けることじゃないし、友達に訊くのもなんだか嫌だ。そうなると、私には諒ちゃんしかいない。
「え、なに? いきなりどうした?」
いきなり、と言えば、確かにいきなりだった。私と諒ちゃんは、いつもみたいに週末の昼食を一緒に取っている真っ最中だった。メニューは、諒ちゃんお得意のオムライス。それを、半分くらいまで食べたときのことだった。私がキスについて質問をするまでは、取り立てて会話もせずに銘々スプーンを使っていたんだから、諒ちゃんの反応も正しい。でも、私は今以外に適切なタイミングも分からなかった。
「いきなりでもなんでもいいの。キスってどんな感じ?」
私は諒ちゃんを半分睨むみたいに見据えながら、問いを重ねた。急を要する質問だったのだ。私は、生まれて初めてのキスを、多分翌日曜日に控えていた。クラスメイトの船井くんとの、三回目のデート。セオリー的には、多分キスのタイミングだし、船井くんはきっと、セオリーを真に受けるタイプの男の子だ。
諒ちゃんは、そこからしばらく、金魚みたいに口をぱくぱくさせていた。言いたいことがいくつもあって、上手くそれらがまとまらない、みたいな状況だったのだと思う。そして数秒後、諒ちゃんはいつもの諒ちゃんに戻った。
「大したことじゃないよ。時と相手を間違えなければね。」
諒ちゃんらしい、端的な回答。
大したことじゃない。
それは、いい。安心できる。口と口をくっつけることくらい、大したことじゃないんなら。
時と相手を間違えなければ。
それは、ちょっとよくない、安心できない。翌日曜日が正しい時で、船井くんが正しい相手であることを、私は確信できない。
「ねえ、諒ちゃん。」
「なに?」
諒ちゃんの、なに、は、なんだか警戒しているときの言い方だったけれど、私は構わず言葉を重ねた。
「正しい時と相手って、どうやったら分かるの? 私と諒ちゃんだって、すごく仲いいけど、キスなんかしないでしょ。」
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