そりゃしないよ。しませんけどね……。

 ぼやくそうに言いながら、諒ちゃんは厄介者を見るような半目で私のことを見た。私は、そんな目で見られることが不本意だったので、じっと諒ちゃんを見返した。

 先に根を上げたのは、諒ちゃんだった。

 「俺と真希がキスしないのは、時も相手も正しくないからだよ。真希はまだ中学生だし、俺は真希の叔父さんだろ。」

 そうね、と頷いて、私は更にその先の言葉を待った。でも、諒ちゃんはなにも言わずに、オムライスをスプーンですくって口に放り込んだ。まだ私が納得していないことくらい、百も承知のくせに。

 「待ってよ。それだけ? 私が社会人で、諒ちゃんが私の叔父さんじゃなかったら、キスするの? 時と相手って、そういうこと?」

 諒ちゃんは、はあ、と、肩で息をついた。疲れた、と、全身で表すみたいに。それでも私は、納得しなかった。諒ちゃんが答えてくれたことだけでは、私の正しい時が明日で、正しい相手が船井くんなのか、ちっとも分からない。

 「たらればには意味がないだろ。」

 諒ちゃんは、なんだか不機嫌そうだった。いつもなら、私がいくら質問を重ねたって、反対に面白がるような顔しかしないのに。

 「だって、分からないんだもん。私は明日、船井くんとキスするのが正しいの?」

 「正しいとか正しくないとか、考えるようならやめとけ。」 

 「諒ちゃんはいつも、考えてないの?」

 「考えてないよ、全然考えてない。」

 また、不機嫌そうに。

 全然考えてないって……、と、私はちょっと考え込んでしまった。それは、考えようもないくらいに相手とキスがしたいってことだろうか。それとも、考えようとも思わないくらい、自分のことも相手のこともどうでもいいってことだろうか。

 後者のような気がした。諒ちゃんの女の人が、ころころ変わるからかもしれない。諒ちゃんは、長続きしたい、なんて言って髪を切ったけれど。

 諒ちゃんは、むしゃむしゃとオムライスを平らげていく。私は冷めていくオムライスを見つめて、じっと動けないでいいる。諒ちゃんが、こんなふうに私の質問を遮るような雰囲気を出したのは、はじめてのことだった。

 「……諒ちゃん。」

 「なに。」

 やっぱり、声がぴしゃりと私を拒絶している。

 「……私、船井くんとキスしてきていいの。」

 諒ちゃんは、答えない。私も、それ以上言葉が見つからない。

 無言の間がしばらく続いた後、折れたのは諒ちゃんの方だった。

 「……ごめん。」 

 短い、謝罪。

 「いいも悪いもないよ。真希が決めることだから。」

 諒ちゃんの声は、静かだった。正しい大人の物言い、という感じがした。私は、聞きたいのはそんなことじゃない、と思ったのだけれど、口を閉じていた。これ以上、諒ちゃんと険悪になりたくはなかった。

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