第176話 東郷の標的
「東郷は何を狙っているんだ?」
霧島プロダクションの社長室で霧島は首を傾げた。
業界内で東郷が表に出ないことは有名だ。
霧島はそのことを嫌と言うほど知っているため、東郷の行動を不可解に思っているようだ。
翔太は収録現場の誰かに会いにきたと想定しているが、その誰なのかは想像もつかなかった。
「ひょっとすると、雫石ひかりかもしれません」
「なんだと! ケホッ、ケホッ……」
霧島が険しい表情になった。
元から強面であるため、怒ったときの表情は相当なものだ。
翔太は霧島の怖い顔には慣れていたが、体調を崩しているように見えるのが気になった。
翔太が東郷と遭遇したときは、雫石はこの場にいなかった。
おそらく橘が危険を察知して、神代と同様に雫石を東郷から遠ざけたのだろうと、翔太は想像した。
「雫石の契約がもうすぐ切れるから、フォーチュンアーツに取り込もうとしているのか」
「ええ、東郷社長のお眼鏡にかなうかどうか直に見極めようとした可能性があります」
橘は役者としての雫石のほかに、別の理由で彼女を獲得したいのだろうと推測しているようだ。
翔太は未来の報道で東郷の所業を知っているが、この時代では世間一般には知らされていない。
業界内では公然の秘密となっており、この秘密を暴露しようとした者は秘密裏に消されているという都市伝説は存在していた。
(都市伝説じゃないかもしれないけどな……)
「雫石のことを考えると、
「ええ、劇団ヒナギクでも彼女を守ってくれるでしょうが、手厚くマネジメントされるのは子役だけです」
翔太は雫石を霧島プロダクションに取り込むことにリスクがあると考えた。
東郷と敵対関係になることで、東郷の影響力を使って何かをされる可能性がある。
しかし、霧島と橘はそのような可能性を十分承知のうえで検討しているのだろう。
霧島はビジネス的なリスクを負ってまでも、人道的な面で雫石を東郷に渡してはいけないと思っているようだ。
翔太は二人がここまで肩入れする理由をなんとなく察したが、口に出すことはできなかった。
(ひょっとして、俺はキリプロに厄介事を持ち込んでしまったのかもしれない)
雫石が霧島プロダクション入りを決意したのは、神代の影響がもちろんあるが、きっかけを作ったのは翔太であった。
(雫石は本来どういう道をたどっていたのだろうか)
翔太は芸能界に全く興味を持っていないことが完全に裏目に出たと感じた。
雫石ほどの存在であれば、活動内容は世間一般に知られているだろう。
(未来の情報があれば立てられる対策があったかもしれないのに……)
「柊さんは一人の少女の人権と尊厳を守ることになったのですよ。誇ってください」
翔太は何も口にしていないにもかかわらず、橘に心中を見透かされていた。
「大丈夫だ、柊。元から東郷とは敵対関係にあるんだ」
霧島にもこう言われた以上、翔太は気にしないことにした。
「神代は東郷の来訪を知っているのか?」
「収録現場の空気が変わっていたことには気づいていましたが、その場で東郷社長の名前を出せる人間はいないでしょう」
「なるほどな……柊」
「はい」
霧島はかつてないほど真剣な表情で言った。
「神代……おそらく雫石も含まれるが、彼女たちを守るのに協力してくれないか」
「はい、もちろんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます