第151話 無茶振り
「梨花さんの調子はどうですか?」
グレイスビルの会議室で翔太は橘に尋ねた。
二人はある人物を待っている。
神代はWeb Tech Expoの基調講演の資料を作成している。
彼女は翔太の助言を仰がずに、自分で資料を完成させると申し出てきた。
完成した資料の最終確認は翔太が行うことになっている。
「うんうんと唸りながらですが、資料を作っていますよ。
おかげさまで、梨花はこれまでもプレゼン資料を何度か作っているので、慣れてきたようです」
橘の表情からは問題がなさそうに見えた。
当初は技術的な内容を中心に話す予定であったが、一般的トークから基調講演に変わったことで、一般的な内容に変えることにした。
「すみません、
元は映画のプロモーションが目的であったが、想定外の展開となってしまった。
先日販売されたイベントのチケットは、瞬く間に完売した。
(公式サイトが503になってたんだよなぁ)
503 Service UnavailableはHTTPのステータスコードで、サービスが利用できない状態を指す。
チケットの発売日に公式サイトにあまりにも多くのアクセスがあったため、サーバーが処理不能に陥った。
鷺沼はこのことを予見しており、システムの増強をしていたが、彼女の想定以上のアクセスがあったようだ。
鷺沼率いるシステムチームはシステムを速やかにスケールアップし、事なきを得たはずだった。
彼女は座長とシステムチームのリーダーを兼務している。
しかし、チケット販売サイトは別の事業者が運営しており、このサイトがダウンしてしまっていた。
後から聞いた話では、このことで運営に問い合わせが殺到し、スタッフは対応に追われていたようだ。
入手したチケットをオークションサイトで出品する者が続々と現れ、法外な価格で取引された。
このことが原因で、翌年以降のイベントでは購入者本人のみが参加できるようになった。
神代が起こしたバブルは翔太の想像を遥かに超えていたのだ。
このことから、神代の講演内容に対するイベント参加者の期待値はかなり高いことが容易に推察できる。
単なる映画の宣伝であれば、全国ネットのバラエティ番組などで一言だけでも宣伝するだけでも効果があり、コストパフォーマンスが高いと思われる。
翔太は自分の土俵に神代を引っ張り上げたことに、負い目を持っていた。
「目的は映画の宣伝だけじゃないんですよ」
「といいますと?」
「このイベントを機に、梨花は芸能界の中では、ITに関して第一人者の地位を確立するでしょう。
これは、今後、タレントとしての神代梨々花を売り出すための大きなアドバンテージとなります」
橘はこのイベントの参加を、先行投資だと考えているようだ。
神代は一流の女優であるが、その才覚を最大限に売り出しているのは目の前にいる橘にほかならない。
その彼女が言うのであれば間違いないのであろう。
神代もそれを理解していると考えられる。
「なるほど、そういう考え方もありますか」
「それに……梨花は柊さんの期待に応えたいんですよ?」
橘から、「わかっていますよね?」というような表情で見つめられ、翔太は自分の顔が赤くなったことを自覚した。
「か、風間さん、遅いですね」
翔太は恥ずかしくなって話題をそらした。
二人はこの会議室で、監督の風間を待っていた。
なにやら話があるらしいが、ほかの映画関係者には内密にするという理由で、夢幻ではなくこのグレイスビルの会議室が使われている。
(主演女優である梨花さんにも言えないって、不穏な感じがするな……)
「――申し訳ない、遅くなった」
翔太が嫌な予感を感じているときに、風間が現れた。
グレイスビルの会議室では、翔太、橘、風間の珍しい組み合わせでミーティングが行われた。
「この映画は自分が手掛けた中でも最高の作品になると思う」
風間の表情には強い意思が感じられた。
「柊くん、この映画でキーとなる人物は誰だと思う?」
翔太は風間の問いかけの意味がさっぱりわからなかった。
反面、橘は何かを察しているようだった。
「主演の神代さんじゃないですか? シーン125なら美園さんも鍵になりそうですが……」
映画に詳しくない翔太は一般的な回答しかできなかった。
「違う、柊くん。君だよ」
「は?」
風間は断言していた。
橘はすました顔をしている。この表情は自分に異論がなく、口を挟むつもりがない意図があることを翔太は知っている。
「神代のオーディションと役作り、IT未経験の美園のケア、スポンサーやロケ地の確保、さまざまな問題の解決……柊くんはこの映画に大きな影響を与えているんだよ」
「はぁ」
翔太は映画の脚本の監修をしているため、このことを指していると思っていたが、風間は思っていたよりも翔太を買っているようだ。
「そこでだ。柊くん、映画に出演してもらいたい」
「はあああぁっ!?」
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