第123話 VIP待遇?

「人を雇う必要があるな」

石動は位置情報のAPIを実装しながらつぶやいた。


石動が行っている作業は新田からの引き継ぎで、テストなどの簡単な作業をしていた。

新田がいないため、作業は石動の家で行っていた。


「あぁ、お前がやっている作業を今の翔動のメンバーでこなすのは時間がもったいないからな」

翔太は同意した。


「そうなると、今の貸し会議室じゃ問題があるな。新しいオフィスを構えるにも色々時間がかかるし……」

「つなぎとして、マンスリーマンションを借りるか」

「そうだな」


翔太の提案に石動は同意した。

この時代ではレンタルオフィスが普及していなかった。


「どこかアテはあるのか?」

「うーん……スワンリビングという仲介業者に頼むといいことがある……かもしれない」

「めちゃくちゃ歯切れ悪いな」

「俺もよくわからないんだよ」

「なんでそこなんだ?」

「白鳥不動産の子会社なんだ」

「あぁ、白鳥の親が社長だったな。でも今の俺達に何も関係ないだろ」

「ないことは……ないような?」

「歯切れが更に悪くなったな」


石動の同僚である白鳥の父、詮人あきとは白鳥不動産の社長だ。


「俺はまだ翔動に所属していないから、石動が行ってくれ」

「なんか釈然としないが、俺が行くしかないだろうな」


***


(うわっ! 見るからに高級そうだ……)

景隆は店舗の佇まいに尻込みした。


柊から指定された店舗は都心の一等地にあり、ガラス張りの大きな窓からは、明るくモダンな内装が窺え、高級感と清潔感を漂わせている。


(こんな服装で大丈夫かな?)

景隆はスーツは着ているものの量販店で購入した安物だ。


「いらっしゃいませ、本日はご来店いただきありがとうございます。どういったご用件でお越しですか?」

「事務所として利用できるマンスリーマンションを探しています。場所は――」


景隆は希望する条件を伝えながらスタッフの様子を窺ったが、なんとなく値踏みされているようで居心地が悪かった。


「――御社名をお伺いしても宜しいでしょうか」

「はい、株式会社翔動の石動と申します」


景隆がスタッフに名刺を差し出した時、その隣りにいた別のスタッフが驚いたような表情を見せた。

そして、スタッフ同士でなにやら小声で話し合いを始めた。


『もしかして、この会社って社長が言っていた――』

『まさか――』


景隆に対応していたスタッフは「少々お待ちください」と言って、PCを操作し始めた。

そして、スタッフの表情がみるみると青くなった。


(柊めぇ……俺を騙したのか?)

待っている間、景隆は不安で仕方がなかった。


「た、大変失礼いたしました石動様。ここからは当店の店長が対応いたします」

「へ?」


***


「石動様。当店のスタッフが大変失礼をいたしました。伏してお詫び申し上げます」

店長は景隆に向かって深々と頭を下げた。


(一体全体どうなっているんだ……?)

スタッフから、見るからに高級そうなお茶とお茶菓子を振る舞われていた。

景隆は急な展開に頭が追いつかなかった。


「石動様のご要件にぴったりの物件がございます」


(はあぁっ!?)

提示された物件資料を見た石動は驚いた。

図面には広々とした間取が記載されており、内観の写真は新築のように新しかった。

立地も駅から近く、理想的な物件といえるだろう。


「あの……予算はお伝えしている以上は――」

(口車に乗せられて高い物件を契約したら後で柊に怒られる……)

景隆は恐る恐る言った。


「ええ、石動様のご予算内でご用意させていただきます」

「うそん」


景隆は開いた口が塞がらなかった。

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