第122話 鞄持ち

「上田、顧客の要求スキルまとめたぞ。ついでに妥当な単価も算出しておいた」

「え? もうできたの!?」


翔太は本部と呼ばれているアクシススタッフの本社で上田の下働きをしていた。

これは、上田から情報を得るための交換条件だった。


「――ウソっ! 合っている……単価もうちの営業が見積もっているものと変わらないし……」

上田は翔太がまとめた資料を確認し、その内容に問題がないことに驚いていた。


「いくらなんでも早すぎない?」

社内の営業が残業してまで掛かるような作業を翔太は半日も掛けずに終わらせていた。


「サービスでやってるからな。俺も早く終わらせたいし、お前もそのほうがいいだろ?」

「まぁ、そうなんだけど」


翔太はで上田の仕事を手伝っているため、今の作業は勤務時間から外している。


「集計用の簡単なプログラムを組んだんだよ。単価についてはこれまでのデータから予測するモデルを作った」


この時代では営業支援や顧客管理を行えるプラットフォームが充実しておらず、アクシススタッフではスプレッドシートを用いて原始的に管理していた。


「エンジニアってすごいのね……いや、柊が特殊なのか……」


上田は少し考え込んだ後に言った。


「ねぇ、私の秘書にならない?」

「絶対に嫌だ。というか、お前にそんな権限ないだろ」


翔太が近々アクシススタッフを辞めることを上田は知っているため、冗談で言っていることはわかっているが、仮定の話だとしても嫌であった。


「では、エンプロビジョンに行くわよ」

「はいはい」


今日の翔太は上田の下僕だった。


***


「――以上が本石システムさんから要求されているスキルです」

上田はエンプロビジョン営業の綾部あやべに説明していた。


エンプロビジョンの会議室では、アクシススタッフの顧客である本石システムが要求する人材をエンプロビジョンから調達するためのミーティングが行われている。


エンプロビジョンは人材派遣会社で、ほとんどの人材は親会社であるアクシススタッフ経由で派遣されている。

エンプロビジョンは事業規模が小さく、営業力もないことから営業をアクシススタッフに依存している形だ。

綾部は中堅と思われる風貌をしているが、翔太はここにいる同世代の上田に決定権を持たれていることに物悲しさを感じた。


「こちらが弊社の人員です」

綾部は翔太と上田に印刷した資料を手渡した。


資料には翔太が知る下山の名前も記載されていた。

資料をよく確認すると、下山が最近取得した資格情報などは反映されていなかった。

このことから、エンプロビジョンが抱えている人材の能力を綾部が把握できていないことが見て取れる。


エンプロビジョンのエンジニアは優秀であるものの、全体的に単価が低い理由はここにいる綾部たちがその能力を正しく評価できていないことがわかる。


(この営業はいらないな)

翔太は内心でを考えていた。

綾部は人材を右から左に横流ししているだけで、本来果たすべき役割をこなしていないどころか、価値を下げて提供していると判断した。


「柊はどう?」

上田は本石システムに相応しい人材がこの資料に含まれているかを聞いてきた。


「この、竹野さんはどのような方ですか?」

翔太は資料に記載している竹野という人物が気になり、綾部に尋ねた。

竹野は能力的に問題ないはずだが、単価が安く設定されていることが気がかりだった。


「竹野は……ちょっと軽薄な態度がありまして、先方から苦情をいただいているんですよ」

「それは、本石システムにとって厳しいですね」


しどろもどろに言った綾部に対して、上田は難色を示した。

本石システムは銀行の子会社で、主に金融系のシステムを受託している企業だ。

上田が言ったように、規律を重視する本石システムやアストラルテレコムに竹野は向かないだろう。


翔動うちであれば問題ないな)

翔太の脳内で、悪巧みが組み上がった瞬間だった。

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