第121話 借り

「霧島カレッジさんの評判は上々です」

アクシススタッフの会議室では営業の上田が、副部長の大野に対して報告を行っていた。


アクシススタッフは、霧島カレッジが新規に設立した科目『デジタルコミュニケーション』の講義の一部を請け負っている。

仕事内容は講義資料などのコンテンツ作成を含めた講師業務である。

デジタルコミュニケーションは霧島カレッジに所属する候補生や、霧島プロダクションの所属タレントの希望者が受講している。

受講生がITリテラシーを高め、ブログや動画などの情報発信を自発的に行えることを目的としている。


講師は田村が担当していた。

これは芸能人の情報を第三者に漏洩しないための人選であった。

現場責任者は主任の水口が担当しており、テックバンテージとの掛け持ちだ。


「すでに霧島プロダクションの実績もあります」

上田はそう言って、霧島プロダクションの所属タレントである川奈のブログをプロジェクターに投影した。


川奈はコンピューターに関してズブの素人であったが、講義を受講したことでブログの記事を投稿できるようになった。

記事は料理に関する内容で、ブログの人気は俳優としての知名度もあり、料理カテゴリーのランキングで一位をとるほどだ。


「柊が持ってきた仕事は結構でかくなりそうだな」

大野は満足げに言った。


「霧島カレッジの規模なんてたかが知れていますよ」

翔太の発言は謙遜ではない。

霧島カレッジに入るためには厳しいオーディションを通過する必要があり、候補生の人数は限られている。


「宣伝効果が大きいのよ、川奈さんがコンピューターが苦手なのは広く知られていることだったので、そんな人でもブログが書けるようになったというのは世間にとって大きな印象を与えるの」

テレビを観ない翔太に水口が補足した。


「柊が思ってる以上に、芸能人の影響は大きいのよ」

上田はヤレヤレといった表情で翔太に言った。

翔太は芸能人と仕事をしているものの、芸能人の活動内容や影響力がわかっていないため、上田の言葉には反論できなかった。


「では、水口は新たな講座を売り込めないか柊と検討してくれ」

「はい、わかりました」

(うげっ!)


水口は自身の多忙さをおくびにも出さずに返事しているのに対し、翔太は内心で悲鳴を上げた。

翔太としては本部に出向くような仕事を避けたい思いがあり、こうしている今も帰りたくて仕方がなかった。


***


「上田、ちょっと話がある」

会議が終わった翔太は上田に声をかけた。


「なに? 芸能人を紹介してくれるの?」

「いや、仕事の話だ」

「あら? めずらしいわね」


上田は意外そうな目で翔太を見つめた。

翔太は与えられた仕事はこなすが、自分で仕事を増やすタイプではない。

これはアクシススタッフの評価制度の問題であり、翔太に限らず役職を持たないほとんどの社員が同じスタンスだ。


「エンプロビジョンの人材を雇いたいという企業があるので一人紹介してほしい」

「は? うちじゃなくて?」


上田の表情が懐疑的になった。

『うち』はアクシススタッフを指し、エンプロビジョンはその子会社である。

顧客に対し、アクシススタッフの人材としてエンプロビジョンの人材を派遣することはあるが、顧客が子会社のエンプロビジョンの人材を希望することはあり得ない。


「もしかして、こないだ渡した資料が関連している?」

「そこは明確にしないほうがお互いにとっていいと思う」

「わかったわ……けど、ちょっと待って! エンプロビジョンと直接契約したいってこと?」

「そうなんだけど……あっ!」


翔太は自分の失態に気づいた。

上田はアクシススタッフの営業であるため、顧客の契約対象はアクシススタッフである必要がある。


「もう、柊らしくないわね」

「すまん、エンプロビジョンの人材の情報がほしいんだけど、いい方法ない?」

「うーん……なくはないけど一つ貸しね♪」

「ぐぬぬ……」

翔太はやっかいな相手に借りを作ることになってしまった。

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