第119話 公園デート

「それで、無事に帰れたの?」

「うん、橘さんが柊翔太に戻す準備をしてくれてたんだ」

「へぇ、相変わらず手際がいいわね」


平日の昭和記念公園は都内とは思えないほど人口密度が低かった。

美園は変装しているが、仮に元の姿でもこの広い空間で人物を特定するのは難しいだろう。

万が一に備え、翔太も皇の姿にしている。


「なるほど……川口さん考えたな」


今日のデート場所を指定したのはマネージャーの川口であった。

現地までは川口によって車で送迎されたため、外部の人間と接触することはほとんどなかった。

翔太は霧島プロダクションの仕事としてデートをしているため、平日であることに問題はなかった。


「私は梨々花ほど変装が得意じゃないから、これくらいはしないとね」

「うまく出来てると思うけどなぁ」

「あら? 女性の微細な変化を感じ取れないとモテないわよ?」

「そういうのはもういいよ」


翔太も若い時分は異性にモテたいという願望が少しはあったが、今となっては色恋沙汰になった場合のリスクを先に気にするようになった。


「柊さんなら、よりどりみどりでしょうね」

美園は違う意味で受け取ったのか、「はぁーっ」とため息をつきながら言った。


「変装、皇さんのほうが完璧よ。すごくかっこいいわ」

「あ、ありがとう」


臆面もなく言った美園に翔太は照れてしまった。


「ようやく自分でできるようになったんだよ」

「へぇ、すごいじゃない!」


衣装やメイク用品などは霧島プロダクションの経費で賄われている。

翔太は仕事とはいえ、自分のことにここまで投資してもらうことには、居心地の悪さを感じていた。


「そういえば、雅代さ――姫路さんのことは何も聞かないのね?」


美園と姫路はオペレーションルームで知り合いのような反応であったが、翔太は二人の関係性について聞き出すことはしなかった。


「多少は気にはなるけど、話したくなったらでいいよ」


翔太は自分のもあるが、元からプライバシーの詮索をする人間が好きではなかった。

美園もそれを感じ取っていたのか、翔太のプライベートには立ち入ってくることはなく、彼女の配慮を好ましく思った。


「あの……アストラルテレコムがスポンサーだからって、姫路さんが私に便宜を図ったとかじゃないわよ?」

「そこはまったく疑っていないよ」


翔太は即答した。

そもそも、配役が決まってから、アストラルテレコムのスポンサーが決まったので時系列が逆である。

翔太の反応に美園は「よかったぁ」と安堵していた。

翔太は姫路の様子から、映画を成功させたい理由に美園は関係ないと推察していた。


***


「私、この映画には相当入れ込んでいるの」


園内の池の周りの人気のないベンチで、二人は美園が作った弁当を食べていた。

「柊さんに女子力で負けていられないわ」と言っていた美園の弁当は手間がかかっていて美味しかった。


美園は映画『ユニコーン』に対する思い入れを滔々とうとうと語った。


「梨々花と共演しているってのもあるけど、これまで出演した映画はアクション物が多かったから、従来のイメージを払拭したくて」


これは川口の方針でもあり、美園の女優としてのキャリアに幅を持たせる戦略のようだ。

美園はダンスの世界から芸能界入りしたこともあり、彼女の運動神経を活かした役を当てられることが多かった。


「実際に演技をしてみて、ビジネスやITの現場の臨場感を最大限に表現したいと思うようになったの」


サイバーバトルの経験などから、美園に思うところがあるのだろう。

彼女の表情からも、映画にかける強烈な意気込みが感じられる。


「あんなトラブルがあったので、もうダメかと思っていたんだけど……」


美園は翔太を熱い眼差しで見つめながら、ぐっと身を寄せてきた。


「ちょ……まっ……」


***


「あら? 面白いことやってるわね」


公園の中央には大きな原っぱがあり、女子大生と思われる集団がダンスを音楽に合わせてダンスを踊っていた。

何らかのイベントのための練習と思われる。


「ちょっと、体を動かしてもいいかしら?」


美園はそう言って空いている場所で、流れている曲に合わせて踊り始めた。

美園のダンスはまるで音楽と一体になったかのようにしなやかで、その動作の一つ一つが優雅で美しかった。

彼女の踊りに魅せられたのか、いつの間にか人だかりができていた。


(プロだとこんなに違うものなのか……もうプロじゃないかもしれないけど)

翔太も周りと同様に美園のダンスに魅入っていた。


「――パチパチパチパチ」

曲が終わり、「わぁっ」という歓声とともに拍手が沸き起こった。


「あ、あのっ! ちょっといいですか?」


先程踊っていた女子大生と思われる集団が美園を取り囲んでいた。

彼女たちはいくつかの会話をした後、一緒に踊り始めた。

ダンスを教えてほしいと言われ、美園が快諾したのだろう。


翔太はその様子を見守っていたところ――


「お兄さん、カッコイイですね!」

翔太は集団の一部と思われる女性に声をかけられた。


(またか……)

この後、美園の機嫌が悪くなったのは言うまでもない。

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