第113話 悔敗

「くっ……どうして?……」

神代の表情には焦りが見えてきた。


美園は自身のスキルを攻撃力よりも防御力に割り振っていた。

神代はブログシステムの運用に関わっていたこともあり、システムを保守する経験はあったが攻撃をする経験はなかった。

美園は練習時に神代を徹底的に分析しており、防御に徹すれば神代の攻撃は防げると判断したようだ。


「美園さんの隙がなくなって、神代さんが攻めあぐねている状況です」

攻防の様子をモニタリングしていた翔太は橘と川口に向けて解説した。


「この間までIPアドレスも知らなかったのに、ここまでできるのは驚異的ですね」

翔太は美園が神代に勝てないと思っていたことを内心で恥じていた。


「美園はずっとこればかりやっていましたから」

川口の口調から、美園が相当努力していたことが伺える。


「何がそこまで美園さんを駆り立ててるんでしょうね……へっ?」


翔太の発言に、橘と川口が信じられないような物を見るようにジト目で翔太を睨みつけていた。


***


「ったーーーーー!!!」「くうううううっ!!!」

美園の攻撃が成功し、勝敗が決した。


飛び上がらんばかり――飛び上がって喜んでいる美園とは対照に、神代は机を叩いて悔しがっていた。


「私の勝ちよ!」

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」


(大丈夫だろうか……いつも以上に『ぬ』が多い)

こんなに悔しがる神代を見るのは初めてだった。


「こちらの完敗です。お見事でした、美園さん」

「ありがとう」


橘は後に禍根を残さないようにするための配慮なのか、早々に敗北を宣言し、美園と握手した。


「ほら、梨々花も」

「うぅ……美琴、がんばったのね」

「梨々花もね」


橘に促されて神代は美園と握手した。


「梨々花もおつかれさま」

「はい……全力を出したので……すごく……悔しいです」


橘が神代をねぎらっている一方で、川口は美園をねぎらっていた。

翔太はそれぞれの様子を微笑ましく見守っていたが、この後に控えているを思い出して頭を抱えた。


「美琴は私を騙していたのね」

「あら? 気づいていた?」

「さすがに気づくよ!」


負けた瞬間はこの世の終わりのような表情をしていた神代であったが、今は生気が戻ってきた。


「美園は今日のために、空いている時間をすべてこれにつぎ込んでいたんですよ」

「もう、それは言わないでって言ったじゃない!」


美園は達成感からか、晴れやかな表情をしていた。


「梨花さん、俺の仕事のせいで時間がとれなくてごめんね」

「負けたのは私の力不足だよ……悔しいけど」


神代はMoGeとの資本提携の案件でかなり動いてもらっていた。

その間に美園は差を縮めてきたのだろう。


「と、いうことで……よろしくね、柊さん♪」

美園は妖艶な目つきで翔太を見つめながら言った。

(こんな表情もできるのか……女優怖すぎる……)


「はい、よろしくおねがいします」

「あら? 私が勝ったときの条件を忘れてるわよ?」

「よ、よろしく」

「くうぅぅぅっ……やっぱり悔しい! 美琴、を賭けてもう一回勝負よ!」

「望むところよ」

「おぃ! 俺の意思……」

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