第112話 偽装
「もう、何で勝てないのよ!」
美園は自分の不甲斐なさに腹を立てていた。
グレイスビルの稽古場では神代と美園がサイバーバトルに向けて、対戦形式で練習をしていた。
稽古場は所属タレントの共有設備であるが、今は映画『ユニコーン』のために専有されている。
稽古場には元々なかったデスクやPCなどが常設されていた。
美園はラップトップPCを新調し、かなり使いこなしていた。
このPCにプリインストールされているOSを削除し、サーバーOSを入れ直すほどの気合の入れようだ。
「へっへーん、柊さんが付いていなければ美琴に勝ち目はないわ」
神代はドヤ顔で言った。
対戦形式の練習では当面は翔太が美園のサポートをしつつ行っており、この時点で勝敗は互角であった。
当初はド素人だった美園は驚異的な速度でスキルが向上したため、今は翔太のサポートなしで対戦をしていた。
(美園さん、メタル系の魔物を倒しまくっているようにレベルが上がってるけど、まだ梨花さんには及ばないか……でも、なんだこの違和感は?)
「くっ……梨々花、もう一回よ」
「何度でも叩き潰してあげる」
神代は悪役のようなセリフで煽った。
彼女は気づいていなかった――この時、すでに勝負が始まっていたことを。
***
「攻撃側と防御側を交互に入れ替えます。攻撃側が二回突破したらその時点で勝利となります」
霧島カレッジの声優コースの教室で、翔太のデートを賭けた勝負が始まった。
翔太は勝負のルールを説明していた。
「防御側のシステムは公平を期すために外部に委託したものを用意しています。
したがって、システムのどこに脆弱性があるかは私もわかりません」
翔太は新田にサイバーバトルの本番に近いシステムを構築してもらうよう依頼していた。
予算は映画の演出用アプリケーションの作成費用から捻出している。
対戦相手の実力が拮抗している場合、防御側のほうが有利になる。
これは、対策が適切に行われた場合に攻撃側の攻撃手段がなくなるためだ。
テニスで例えると、防御側がサービス側、攻撃側がレシーブ側になる。
「決着が付くまで繰り返し、システムの中身はその都度変更されます。何かご質問はありますか?」
「大丈夫」「ないわ」
神代と美園の表情はかつてないほど真剣だった。
***
「カタカタカタカタカタカタカタカタカタ」
神代と美園は激しくキーボードを叩いていた。
その様子を翔太とマネージャーの橘と川口が見守っていた。
「ご、互角……ですね?」
川口は練習を見ていたため、今の結果に驚いている様子だった。
お互いに一回ずつ攻撃に成功しており、次に攻撃が成功した側が勝利となる。
「この分だと、映画は問題なさそうですね」
橘は目的を果たしたとばかりに安堵していた。
勝敗の行方は気にしていないようだ。
どうやら橘は美園の演技力の底上げを狙っていたようだ。
神代の演技力に対しては一切の心配をしていないことから、彼女への絶対的な信頼が窺える。
「いいんですか?」
「構いませんよ」
主語のない会話に、川口はピンときていないようだ。
翔太の質問の意図は仮に神代が負けた場合、霧島プロダクションの負担で翔太が差し出されることと、神代のメンタル面の心配だった。
神代が負ける可能性はほとんどないと思っていたが、橘にとっては想定内のようだ。
「美園さん、練習のときは演技してたんですね」
翔太は女優の恐ろしさを感じていた。
今の美園は練習時とは一変して、高いスキルを駆使している。
神代を油断させるために、練習では巧妙に全力を出して負けたように見せていたようだ。
「えっ!? 全然気づかなかったです……うぅ、マネージャー失格ですね」
川口は落ち込んでいた。
「いゃ、美園さんを教えていた私ですら気づかなかったので、しょうがないですよ」
ITの知識がないと美園が自分のスキルをごまかしているかどうかを判別することは不可能だろう。
その知識がある翔太でも気づかなかったため、川口が美園の演技に気づくのは無理だろう。
(でも、橘さんは気づいているんだよな……)
翔太は橘の底知れぬ洞察力に驚くしかなかった。
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