第110話 不遇
「柊くん、もっとこっちの出社日数を増やせないの?」
アストラルテレコムのオフィスで、三田はネチネチとした口調で言ってきた。
三田はアクシススタッフの主任であり、翔太と同様にアストラルテレコムに出向している。
アストラルテレコムではアクシススタッフ社員の現場責任者だ。
アクシススタッフは出勤率を異常に重視する企業であり、派遣先への出勤状況が三田の評価に直結する。
姫路や加古川などが評価していることもあり、アストラルテレコム内での翔太の評価は非常に高くなっているが、三田には関係のないことであった。
「契約上必要な出社日数は満たしているはずですが」
アストラルテレコムに対して、翔太は1ヶ月あたり10人日分の業務をする契約である。
これは翔太がアクシススタッフの教育事業であるテックバンテージの業務も掛け持ちで行っていたことに起因するが、現在は霧島プロダクションの仕事と掛け持ちとなっている。
三田は翔太とはアクシススタッフ内での部署が異なるため、翔太のほかの業務内容は知らされていない。
「アストラルテレコムさんはうちにとって重要なお客様だ。ならば、最大限に貢献すべきだろ?」
アクシススタッフは数多くの企業に人員を派遣している。
その中でもアストラルテレコムの単価は飛び抜けて高額だ。
したがって、三田はアストラルテレコムでの仕事に誇りを持っている。
「私の裁量では決めかねます。大野副部長にお伺いしてみてはいかがでしょうか?」
「うぐ……それは……」
三田は答えに窮した。
大野とは部署が違ううえに、役職も三田より高い。
アクシススタッフでは軍隊のように、役職によるヒエラルキーが絶対的である。
翔太はそこを突けば三田が反論できないことをわかっていた。
***
「で、三田主任に何を言われていた?」
アストラルテレコムの食堂で野田はアジフライにソースをかけていた。
(醤油のほうが美味いのに……)
「いつものアレだ」
「あぁ、アレか」
翔太に対する三田の小言はいつも同じであることから、野田にはすぐに伝わった。
「そういえば、下山さんもネチネチと言われていたな」
野田はアストラルテレコムに常駐しているので、翔太よりも状況をよく知っていた。
下山は人材派遣会社、エンプロビジョンの派遣社員だ。
アストラルテレコムにとっては、アクシススタッフの社員から派遣されていることになっている――所謂、二重派遣だ。
この時代では、派遣先企業が受け入れた派遣労働者を、さらに別の企業に再派遣することが禁止されていない。
アクシススタッフは複数の人材派遣会社を子会社として保有し、安価に人材を調達して派遣している。
エンプロビジョンは、その子会社の中の一つだ。
「下山さん、仕事できるのにな」
「ホント、アホな会社だよ……」
アクシススタッフではどんなに優秀でも出勤率で評価される。
このような評価制度が離職率を高くしている要因でもあった。
「下山さんの奥さんの容態が悪くて、休みがちらしいぞ」
「こういうとき、派遣社員の立場では辛いだろうな」
就職氷河期と言われていたこの時代では、下山のような優秀な人材でも、不遇な待遇でしか働き先がない状況であった。
「そういえば、こないだリカさんに会ったぞ」
「んぐっ!」
唐突に野田が切り出した内容に、翔太は咀嚼していた竜田揚げを吹き出しそうになった。
「へ、へぇ……元気そうだった?」
「あぁ、なんとデートしてたんだよ!」
(相手は俺だよ!)
食堂のテレビには神代が出演しているCMが流れているが、野田は気づいている様子がまったくなかった。
「相手の皇さんって彼氏がかなりイケメンだったな、お似合いのカップルだったぞ」
「そ、そうか……今度会うことがあればそう言ってあげると喜ぶんじゃないか?」
翔太はこの話題をどうやって終わらそうか考えていた。
「俺の彼女も会いたがっていたな……そうだ! お前リカさんと友達だったよな?」
「ま、まぁな……」
「なぜか彼女が皇さんに興味津々なんだ。今度ダブルデートしないかって伝えておいてくれ」
「ほえっ!?」
突然、翔太にピンチが降りかかってきた。
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