第109話 翔太の謎

「もう、柊の仕事はいつも急なのよ!」

新田の言葉はきついように聞こえるが、普段からこんな感じなので、もはや日常会話だ。


「すまん、今回はやっかいなクライアントだった」


翔太は新田を居酒屋でねぎらっていた。

異性と二人きりで飲みに行くのは抵抗があると思われたが、新田はあっさりとついてきた。

(俺のことはその辺りの石ころくらいにしか思ってなさそうだ)


「動画に出ていた声優の長町?」

「あぁ、そうだ」


新田も長町も主張が強いタイプで、組み合わせが悪そうだなと翔太は感じていた。

二人の間に火花が散ることになるのはまだ先のことだ。


「あの規格、私ですら知らなかったんだけど」


新田はジト目で翔太を見ながら言った。

翔太が新田に実装を依頼したのは、発表されたばかりの動画標準規格であった。


「柊が持ってくる技術はどれも新しすぎたり、未知のものだったりするんだけど……あんた一体何者なの?」


新田が不信感を持つのはもっともだ。

未来人だと言えばすべてが説明できるが、それは信じてくれることが前提だ。


「うーん……」


翔太は新田にならば事情を打ち明けてもいいんじゃないかと思い始めていた。

そのためには、もう少し新田の信頼を得る必要があると思っていた。

(どっちにしても、石動に相談してからだな)


「なぁ、新田」

「ん?」


翔太の真剣な眼差しに、新田もじっと翔太を見据えていた。

(改めて見ると、すっごい美人だよな……)


翔太は霧島プロダクションの仕事をするようになってから、容姿の整った女性をこれでもかというほど見てきたが、それでも新田は引けを取らないと感じていた。


「今からちょっとだけ俺の個人的な話をするけど、興味なかったら言ってくれ」


翔太は新田が技術的なことにしか興味がないと思っているため、身の上話をされても退屈だと感じるかもしれない。


「聞いてあげるわ……いや、聞かせて」

新田の表情が柔らかくなった。


(普段からこんな表情していたらすごくモテそうなのに……あ、だからか……)

翔太は新田が抱えている事情をなんとなく察した。


***


「――ということで、俺にはとしての記憶がないんだよ」

翔太はアクシススタッフの同期に打ち明けた内容と同様に、柊翔太になってからのことを話した。


「あんたの人生で何らかの重大な事件なり事故が起きたってことね」

「そういうことだ」

「でも、記録から何を学んでいたかはわかるでしょ? 情報系の大学だったの?」

「理系ではあったけど、情報系の学科はなかったな」


翔太が大学に入学した頃には、まだ情報系学科を設置している大学は限られていた。


「私ですら高専時代から培ってきたものがあって、今の知識があるのよ。

柊の持っている知識がたった数年で得られるとはとても思わないわ」

「そうなんだよな……俺もかなり優秀なエンジニアを見てきたけど、新田以上の人はいなかった。

その新田が言うんだから、そうなるよな……」

「な、なによ……はぐらかさないでよ!」


新田は赤くなりながらも真剣な表情で翔太を見つめていた。


「すまん、もう少し時間をくれ。そしたら、新田が納得するような話ができると思う」

今の翔太としてはこれでいっぱいいっぱいだった。


「わ、わかったわ……約束よ?」

(ゲフっ!)

普段の新田では決して見ることができない可愛らしい表情に、翔太は危うくどうにかなりそうだった。

変な空気になってしまったので、翔太は仕事の話を切り出した。


「このタイミングで切り出しにくい話なんだが、新田に新たにやってほしい仕事があるんだ」

「はぁあーっ、一体何よ」

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