第100話 侵入者

「あれ? 柊さんがいない」

グレイスビルの稽古場で美園と稽古をしていた神代は、休憩するために休憩室に移動したが、ここにいるはずの翔太がいないことに気づいた。


「おぅ、柊なら三階にいるぞ。

橘からの伝言で二人共事務室に来るようにとの伝言だ」

川奈はプリンの裏ごしをしながら神代に伝えた。

プリンは美味しそうであるが、冷えて固まるまでは時間がかかりそうだ。


「これはお前さんの分だ」

「あら? ありがとうございます」


川奈はIDカードを美園に手渡した。

美園は外部の人間なので、事務室に立ち入ることができないため、橘が用意したようだ。


「何の用件か聞いています?」

「うーん、かなり切迫してたぞ。ここに戻ってきたら直ぐに来てほしいそうだ」

「ありがとうございます。美琴、行くわよ」

「ええ」


***


「カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ」

三階の事務室では翔太がものすごい速度でキーボードをタイプしていた。


「何事ですか?」

尋常じゃない雰囲気を感じ取ったのか、神代は翔太の邪魔をしないように橘に尋ねた。


「スターダストブログが攻撃を受けているのよ」

「「えっ!!」」


スターダストブログはサイバーフュージョン社が提供しているブログサービスだ。

霧島プロダクションの所属タレントのサーバーは、個別に管理されており、翔太はその管理者だ。


「柊さんはサイバーフュージョンのサーバー側で侵入を防いでいて、私はそのバックアップとしてログを確認しているところです。

梨々花、私が何を言いたいかはわかるわね?」

「はい! 美琴?」「わかっているわ!」


今の状況は映画の場面に酷似している。

橘は役作りのためにここに呼んだのだろう。

美園もその意図を理解しているようだ。

神代は翔太の様子を観察することにした。


翔太は目の前のモニターに集中しており、二人の存在にまったく気づいていないようだ。


「向こうはSQLインジェクションを試みているようですが失敗しています。

橘さん、ログサーバーはどうでしょうか?」

「ポートスキャンの痕跡はありません。

念のため22番と変更先の番号にアクセスした形跡も確認しましたが、このサーバーにはたどり着いていないようです」

「ICMPのリクエストは来ていますか?」

「少々お待ちください……問題なさそうです」


アクセスログは霧島プロダクションの本社のサーバーで管理されており、橘はこのサーバーのログをリアルタイムで監視していた。

侵入者は霧島プロダクション側のサーバーまでにはたどり着いていないことが、今の神代なら理解できる。


「……」

翔太と橘の表情は真剣で、阿吽の呼吸で連携できていることが見て取れる。


『美琴』『ええ、わかっているわ……を私たちで再現するのね』

神代と美園は二人の様子を固唾を呑んで見守っていた。


「――ふーっ……相手側のアクセスが止まりました。どうやらあきらめたようですね」

「「……」」

神代と美園は、翔太が椅子の背もたれに体を預けて一息ついた様子をぽぉーっと眺めていた。


「あ! 梨花さんと美園さん?」

「ほえっ!」「はひっ!」


翔太が神代と美園に気づいて声をかけたが、虚を付かれた二人は思わず変な声で応答してしまった。


「一区切りしたようなので、休憩室で一息つきましょう」

一同は橘に促されて休憩室に移動した。


***


「長町さんのブログに逆上した人が攻撃を仕掛けてきました」

翔太は休憩室で神代と美園に、可能な範囲で情報を共有した。

技術的な内容は情報セキュリティ上詳しく説明はできないが、神代はそれを理解してくれていた。


「ん? どうかしましたか?」

翔太は怪訝そうに二人を窺ったが、なにやら興奮冷めやらぬ表情でぼーっとしていた。


「へっ!? んーん……なんでもないよ?」

(なんでもないってことはなさそうだけどな……)


橘はなにかに気づいているようだが、特に心配しているような様子はなかった。


「長町さんがブログにちょっと挑発的なことを書いちゃったので――」

「あぁ、それで……」


神代は長町の性格をよくわかっているようだ。

長町の歯に衣着せぬ言い方は、多くのファンに支持されているが、一部では反感を買っている。

アンチの存在はこの業界で避けられないが、今回の記事は特定の層を特に刺激してしまったようだ。


「それで、攻撃は収まったの?」

美園は心配半分、興味半分で翔太に尋ねた。


「とりあえず、攻撃者のIPからのアクセスは途絶えたので、様子見ですね。

サイバーフュージョンには報告を上げているので、後は向こうで対処してくれると思います」


今回、侵入を試みた形跡があったものの、システム自体に脆弱性はなかった。

翔太は新田や佃の技術力を信頼しているため、大きな問題にはならないだろうと判断した。


***


「「ふわぁーーーーっ」」

稽古場に戻った神代と美園は大きく息を吐き出した。


「柊さん……超かっこよかったぁーー」

神代は事務室の翔太を脳内で反芻しながらこぼしていた。

先程の場面を思い出しただけで心拍数がみるみると上昇し、稽古を再開するにはもう少しかかりそうだ。


「仕事になるとあんな面を見せるのね……これじゃ益々……」

美園の顔も火照っているようだが、神代は自分も同じ状況なので彼女に突っ込むことはできなかった。


「あーあ、ノーマルな柊さんでこんなにかっこいいのに、すめらぎバージョンになったらどうしよう……」

「ねぇ? 前もちょろっと聞いたけど、その皇って何なの?」

「ううう……」


神代は皇の存在を美園に伏せたかったが、大会当日に皇を見て彼女が使い物にならなくなることを懸念し、渋々事前に情報を与えることにした。


「皇さんは――」


📄─────

サイバー攻撃の部分はもっと細かく描写したいのですが、それをやってしまうと別な問題が出てしまうのでほどほどにしています。

実際にはより高度な技術バトルが行われています💦

─────✍

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