第99話 特訓

「IPアドレスって?」

(そっからかぁ……)


IT知識が皆無の美園に対して一からレクチャーすることにした。

霧島カレッジの声優コースにはPCが利用できる教室があるため、この教室での講座がない時間帯を利用してサイバーバトルの対策が行われていた。

講師は翔太と神代が務め、生徒は美園ただ一人だ。


「インターネットの住所のようなものよ。

例えば美琴が手紙を出すときに宛先が必要でしょ?

インターネットでも、データを送受信するときに相手先を識別する番号を指定するの」

「なるほど、郵便番号をもっと具体的ににした感じね」


霧島プロダクションのブログを運営していくにあたって、翔太は神代にIT関連の基礎的な部分のレクチャーをしていた。

神代は非常に飲み込みが早く、教師役の経験があるためなのか、教え方も慣れているようだ。


「TCP/IP……プロトコル? IT用語はカタカナが多くて大変だわ」

「プロトコルは、通信手段をとりきめたルールみたいなものです。

先程の手紙に例えると、手紙やハガキには切手を貼るとか、荷物を送る場合は送り状のような伝票を書きますよね?

TCPもIPもこのようなルールが定められています」

「ふむふむ」


翔太は仕事の傍らで、神代が説明が難しいと言った部分をフォローしていた。

美園は神代と同様に物覚えもよく、何よりもモチベーションが高かった。


「このIPアドレスにpingというコマンドを実行すると、相手先が応答するかわかるのね」


システムを扱ううえでターミナルにコマンドを入力することは常時行われるが、コンピューターに慣れていない者がこれを『黒い画面が苦手』と言って忌避することが翔太の経験上よくあった。

映画のシーンではこのような場面が出てくるためか、美園には抵抗がなかったようで、翔太は一安心した。


「柊さん、SYN ACKパケットの再送についてなんだけど――」

神代は美園に教える傍らで、資格試験の対策本を読み進めながら自己学習をしていた。


(この二人が勝負するって業界人が聞いたらびっくりするだろうな……)

神代はIT業界の業務経験はないものの知識は豊富で、現時点では美園との差は歴然だった。


「梨々花、その本の表紙を見せて!」

美園が神代が読んでいた本に興味を示した。


「――もしかして……著者の『柊翔太』って……」

「はーい。ここにこの本を書いた人がいまーす!」

「えええぇっ!」

「げほっ!」


美園の驚き様に翔太は飲みかけたコーヒーを吹き出しそうになった。


「そんなに驚くところですか?」

「柊さんは自分のすごさをもう少し自覚したほうがいいと思うよ?」

「私……すごい人に教わっていたのね……こんなの益々――」

「そうだよ、美琴は将棋のプロに駒の動かし方を習っているくらい贅沢なんだからね!」

「そこまでじゃないと思うけど……」


ドヤ顔の神代をよそに、美園は少し考え込んでいた。


「――それだわ!」

「「?」」

「柊さん、梨々花相手には敬語使っていないのに、私には敬語なのは不自然じゃない?」

「またか……」


翔太は何度か経験したこの手のやりとりに内心頭を抱えた。

神代は途端にふくれっ面になり、不機嫌さを隠そうとしなかった。


「私と柊さんは色々あって特別なの!」

神代は煽るように言った。

(もう少し穏便な言い方で……)


「でも、サイバーバトルはチーム戦でしょ? コミュニケーションが重要だからそのハードルは下げるべきだわ」

(一理あるな……)


「ぐぬぬ……でも、チームメンバーを名乗るからには、私に勝つくらいじゃないといけないわよ!」

(おぃ、更に煽らないでくれ……)


「いいわ、じゃあ私が勝ったら柊さんは私に敬語禁止よ!」

「望むところよ!」

(俺の意思は?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る