第98話 絶対に負けられない戦いがそこにはある

「お二人には本番と同じく対戦形式で練習します」

翔太はサイバーセキュリティのコンペティション『サイバーバトル』に向けて対策を説明した。


神代と美園、それぞれのマネージャーはグレイスビルの会議室に集まっていた。


「私と梨々花で勝負するってこと?」

「はい、本番はチーム戦ですが、まずはお二人のスキルの底上げを狙います」


「あの、神代さんはITの知識がそれなりにあるので、美園が不利になるのではないでしょうか?」

マネージャーの川口が懸念を示した。


神代はブログの運用に関わっており、自身のブログでもIT関連の記事を投稿している。

IT業界での神代の存在は認知されており、それが高じてCMにも出演している。


「当面は私が美園さんに付きます。その間にわからないことはなんでも質問してください」

翔太の発言に美園の表情が明るくなった。反面、神代はむすっとした。


「まぁ、仕方ないか……美琴、すぐ返してよね」

「なんであんたのものになってるのよ」


神代と美園の付き合いは長く、このくらいの軽口は日常茶飯のようだ。

(軽口……だよな?)


「防御側のシステムは私が用意します。最初は簡単に突破できるようにして、徐々に難易度を上げていきます」

「実践形式で学ぶってことね。いいと思うわ」


当初は不安そうな美園であったが、今はかなり前向きになっている。


「頃合いをみて、お二人にはガチンコで勝負してもらいます」

「「!!」」


翔太のこの一言に、神代と美園の目が鋭くなった。


「勝者には何か報酬があれば、モチベーションになると思っていますが……」


翔太はこの点で悩んでいた。

神代と美園の収入は一般的な会社員よりも遥かに高い。

金銭的・物質的な報酬ではあまり効果が期待できないであろう。


「それについては提案があります」

橘の発言に全員が注目した。


「勝ったほうは柊さんとデートできる――というのはどうでしょうか?」

「なっ!!」「えっ!!?」


橘の提案で会議室が緊張感に包まれた。


「そんなことでモチベーションが高くなるとは……むしろ美園さんにとっては罰ゲーム……うげっ!?」


神代と美園の瞳がプロミネンスのように燃え盛っている。

二人のあまりの真剣な表情に第三者が介入できる余地はまったくなかった。


「私は歓迎だけど、美琴にとっては不利じゃない? 降参するなら今のうちだよ?」

「上等じゃない! シーン125のオペレーションは私がやる――つまり、この練習は柊さんが用意してくれたってことよね?

なら、私が負けるわけにはいかないわ!」


神代と美園の戦いはすでに始まってしまったようだ。


「ルミナスさんのほうで問題があるんじゃないですか?」


翔太は川口に助けを求めた。

ルミナスオフィスは美園が所属する芸能事務所だ。


「そうですね……行ける場所が限られますが、美園も神代さんほどうまくはないですが変装できますし」

意外にも川口は前向きだった。

美園のモチベーションを優先しているのだろうか。


「では、柊さんは皇さんになっていただきましょう。当日の練習にもなるでしょうし。

それと、デートは業務として扱いますので、柊さんのプライベートの時間を奪うことにならないのでご安心ください」

(いゃ、そこはどうでもいいんだけど……)


話がトントン拍子に進み、翔太が異を唱えるタイミングを失ってしまった。


「梨々花、あなたが負けたら当事務所の負担で柊さんを差し出すことになるわ。負けたらダメよ」

「はい! 絶対に負けません!」


神代の演技に関しての真剣さは鬼気迫るものがあるが、今の神代はそれ以上に見えた。


「美園、キリプロさんがここまでお膳立てしてくれているのだから、全力でやりなさい」

「言われるまでもないわ!」


美園の闘志も最高潮に達していた。

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