第97話 サイバーコンペ
「うーん……シーン125の演技にもっと臨場感を持たせないのよね」
美園は顎に手を当てながら考え込んでいた。
映画制作会社、夢幻の会議室ではロケ地であるオペレーションルームの下見を終え、対象のシーンをどのように撮影するかのミーティングが行われていた。
美園は当初から映画に並々ならぬ意欲を見せていたが、ストーカーの事件解決後、その熱意はさらに高まっていた。
シーン125は神代が演じる的場と、美園が演じる沢木がサイバー攻撃を撃退する場面である。
クラッカーによる攻撃を的場の指揮のもと、沢木が撃退する様子が、オペレーションルームの大型モニターに映し出される。
「俺もITの現場は詳しくないからなぁ……」
風間は演者の立ち位置や構図などのイメージはついているようだが、演技指導をするまでには至らないようだ。
「柊くん、何かアイデアはないかな?」
プロデューサーの山本は期待するような眼差しで翔太を見ながら言った。
山本は神代のオーディションで翔太が演技指導をしていたことを知っているため、彼の期待値が高まってしまったようだ。
「……」
山本のみならず、会議室内の視線が翔太に集中した。
神代と美園はサンタクロースを見る子どものような表情で翔太を見つめている。
「実はこんな大会があるのですが――」
翔太は手元のPCからウェブサイトを表示し、プロジェクターに投影した。
「サイバーバトル?」
「サイバーセキュリティのコンペティションです」
「ほう」
サイバーバトルはハッカーの地位向上とネット社会の健全性を目的として設立された社団法人によって企画・運営されたイベントだ。
「チームによる対戦形式で勝敗が決まるイベントです。
運営が用意したシステムをもとに、攻撃側のチームがこのシステムに攻撃し、防御側のチームはこれを防ぎます。
システムは意図的に脆弱性が仕込まれており、攻撃側はその脆弱性を突いて攻撃します」
「防御側は攻撃側によりも先に脆弱性に対処しないといけないってこと?」
「はい、そのとおりです」
神代の飲み込みは早かった。
「まさか……私と梨々花でこの大会に参加するってこと?」
美園は想定外の展開に驚いている。
神代と違い、彼女はITの知識はほとんどないといっていい。
このイベントは誰でも参加できるため、ゴルフに例えるとホールを回ったこともない初心者が、プロアマ戦に出るようなものだ。
「なに? 美琴は怖気づいちゃった?」
神代は挑戦的な目つきで美園を見ながら言った。
彼女は参加することに抵抗はないようだ。
(相変わらず、役作りに対しては一切の妥協をしないな……しかし、そこまで煽らんでも……)
「なっ! ……そんなことないわよ! 柊さんも一緒に出てくれるのよね?」
美園はワナワナと震えながら言った。
「まぁ、参加資格上は問題ないのですが……」
翔太は神代と美園に経験を積ませることが目的であったため、自分が出場することを考えていなかった。
加えて、この大会に出る目的はもう一つある。
この目的を考慮すると、柊翔太としては目立ちたくなかった。
「皇さんとして参加するのはいかがでしょうか? 段取りは私にお任せください」
橘が翔太の意図を汲み取って言った。
皇とは神代とのデートのときに使った偽名だ。
(確かに野田も気づかなかったくらいだから、身バレは避けられるか)
「この大会に出場することで、映画のアピールをするってことだね! やっていることはシーン125と似ているので、イベントに関心を示した人が映画を観てくれる可能性は高い!」
山本も翔太の意図を理解したようだ。
「すごい! 私たちの練習と映画の宣伝の一石二鳥なのね……となると、やらないわけにはいかないわね」
美園も覚悟を決めたようだ。
「理想は優勝して話題を集めると共に、映画の場面にリアリティをもたせることですが、仮に結果が出なくても話題にはなるでしょう」
「そうだね。IT業界の注目は集めるだろうし、人気女優が参加することでこの分野に関心が高まりそうだ」
翔太にとっては、姫路からの依頼を達成するための施策でもあった。
「でも、素人の私たちでなんとかなるの?」
美園の不安はもっともだ。
「一応、対策は考えています」
翔太の一言に、神代と美園の顔つきが真剣になった。
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