第93話 縁談

「けほっ、けほっ……」

詮人の想定外の発言に翔太はむせてしまった。


隣の白川が心配そうに水を差し出し、翔太はそれを飲んで落ち着いた。

その様子を紗華は微笑ましそうに眺めていた。

傍から見たら、すでに夫婦のように見えるかもしれない。


「突然のことに驚いたかもしれないが、この提案には理由があるんだ」

(そりゃ、驚くなっていうほうが無理だろ!)


「お伺いします」

「例えば、君たちの会社――翔動と白鳥グループが提携した場合、君たちのビジネスにとってかなりの恩恵にならないか?」

「分不相応とは思いますが、実現するならこれ以上ない条件でしょう」

「もしくは、柊くんが白鳥姓になり、私の後継者となることも可能だ」

「少し過大評価ではないでしょうか?」


初対面の翔太に対して大企業のトップがくだす判断としては、軽率に思われた。


「確かに今の時点ですべての判断をするのは難しいが、私は優秀な人材を求めていて、柊くんは候補の一人だと判断した」


「政略結婚ならお断りします」

翔太は話がこじれる前に、早めに釘を刺すことにした。


「柊くんにこの提案をしたのは、綾華の幸せを願ってのことなんだ。

私も紗華も、綾華が望まない相手と結婚させるつもりはない。

今どき政略結婚なんて時代錯誤も甚だしいからね」


詮人の発言に、紗華も同意を示すように頷いていた。

(ってことはつまり……)


「紗華さんは了承されているんですか?」

翔太は「紗華と呼んでください」と頼まれていた。


「今日お話して、柊さんが息子になってくれるのは、とても嬉しく思います」


翔太は徐々に外堀が埋まっているような気がして、焦りを感じ始めた。

なんとか話を軌道修正しようと考える。


「大変差し出がましいですが、綾華さんは生涯の伴侶を決めるには、もう少し人生経験を積んだほうが良いと思います」


詮人は「ふむ、一理あるな」と言いながら聞いていた。

翔太はここで畳み込むべきと判断した。


「それと、白鳥不動産の後継者についてですが、仰るとおり義人さんは向いていないかもしれません」

「ほう」


「義人さんは優しい性格の持ち主です。

それ自体は大変好ましいのですが、非情な判断を迫られる場面では、この優しさが足かせになるのではないかと懸念しています」

「ふむ、私も同じ考えだ」


「しかし、綾華さんは義人さんにはない決断力を持ち、冷静で大局的な判断ができると感じました。

私を婿養子にするのではなく、綾華さんが組織のトップになるべきだと具申します」

「なんと!」


白鳥家の面々は、翔太の発言に驚いた表情を浮かべた。


「政略結婚が時代錯誤と言われていましたが、婿養子にした男子をトップに据える考え方も時代錯誤と言えます」


詮人は目を丸くして驚いていた。


「柊くんはこう言っているけど、綾華自身はどう考える?」

「正直なところ、私が会社を継ぐという発想自体がありませんでした」

「ふむ」


「人生経験については柊さんの仰る通り、私に足りないものがあると認めざるを得ないでしょう。

それに、この経験がなければ、柊さんのお眼鏡にかなうことも難しいでしょう」

「つまり、綾華自身がもっと精進する必要があると」

「はい」


「会社組織のトップになることについてはどう思っている?」

「これまで興味がありませんでしたが、柊さんのお話で興味が出てきました」

「ほう!」


詮人の瞳が輝き出した。

白川の興味はIT技術にあったようなので、白川の発言には翔太も驚いた。


「それに――」

白川は翔太を見ながら言葉を濁した。


「いやあ! 柊くんと話すことをずっと楽しみにしていたが、想像以上だ!」

(え、何が?)


「今日は仕事をサボってここに来た甲斐があったようだ」

「ええぇっ!?」


詮人の時給は桁外れに高い。

詮人が翔太に割いた時間の機会損失を考慮すると、彼の部下の心中を察するに余りある。


「柊くん、聞いての通り綾華にも思うところがあるようだから、婚約の件は保留にしてもらえないか」

「はい、そのほうが私も助かります」

(できればなかったことにしてほしい)


「よければまた一緒に食事でもどうかな?」

「はい、ぜひ」


とりあえず、今日二回目の危機は免れそうだ。


「今度は父と会ってほしい」

「ええぇっ!?」


詮人の父、白鳥尊人たけとは白鳥グループの総帥だ。

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