第81話 承認欲求モンスター
「みうみう、どしたん?」
星野はグレイスビルの休憩室に訪れた長町に対して声をかけた。
長町はグレイスビルに来ることがめったになく、星野は疑問に思っていた。
「柊さんは来ている?」
長町は翔太がここに来ていることを知りつつ、確認した。
「おー、稽古場に行ってたけど、も少しで戻ってくるんじゃまいか?」
「とりあえず鈴音でもいいわ、聞きたいことがあるんだけど」
「おぃ、あたしの扱い、ぞんざいだな!」
「鈴音のブログはすごい人気じゃない? なにか気をつけていることってあるの?」
長町は星野の反応をスルーしつつ質問した。
「んー、あたしが面白いと思っていることをつらつらと書いてるだけだけどなー」
長町の反応はいつものことなので、星野は気にせずに答えた。
「それじゃ再現性がないじゃない……あ、そうだ! 柊さんのアドバイスとかもらってた?」
フラットだった長町の表情が少し明るくなった。
「最初はネットリテラシーとか、書いたらいかんことを聞いたりしてたなー」
「うん、うん……ほかには?」
「相変わらず現金なヤツだなー……おー、ちょうどいいところに来たみたいだぞ」
「あれ? 長町さん?」
翔太が稽古場から戻ってきた。
稽古場では神代と美園の演技を確認したり、アドバイスをしていた。
「柊さん! お待ちしてました!」
長町の表情が弾けるほど明るくなった。
「おめー、そんなにロコツに態度変えてると、そのうち刺されるぞー」
星野はあきれるように言った。
「それ、俺にとっては冗談じゃないから!……あっ!」
翔太は杜氏原に刺された傷口をさすりながら言ったが、これは失言だった。
傷害事件については関係者外秘だ。
「なんですの?」
長町の興味を引いてしまったようだ。
「休憩室で黒ひげ危機一発やってたら、しょうたんが面白いように負けまくってなー」
「なんで運ゲーなのに、みんな強いんだよ」
星野が機転を利かせてごましたので、翔太はそれに乗ることにした。
『貸しだからな』『はいはい』
「なんか、釈然としないわね……まぁいいわ」
長町は超多忙の身であり、早く用件に入りたかった。
「柊さん、私ブログに慣れていなくて……どのようなことを書けば興味を惹けるような内容になるのでしょうか?」
「ブログは日記みたいなものですから、気楽に書きたいものを書くのが一番じゃないでしょうか」
「それではアクセスが増えないじゃないですか!」
「うーん……長町さんは霧島カレッジでもウェブマーケティングの講座を受講されていますよね?」
「あんなのより、柊さんのアドバイスのほうが絶対に参考になります!」
長町は確信を持っているかのように言った。
横で星野がウンウンを頷いているのも、それを助長している。
(星野さん、講座受けてないだろ……)
「題材は身近なものがいいですね。普段はどのような活動をされているのですか?」
「本当に私のことをご存知じゃないんですね……」
「すみません」
長町はショックを受けていた。
彼女の活躍は多方面に渡っているため、翔太の年代で長町を知らない人はごく稀だ。
「しょうたんはくまりーやPawsのことも知らんかったから、普通のことだぞー」
「ええっ! そうなの!?」
長町は本業は声優であり、いくつかの人気アニメに出演している。
また、テレビの歌番組やバラエティ番組に出演しているため、顔の露出も多い。
ラジオ番組にも出演しており、長町はリスナーから寄せられた投稿を取り上げるのが非常にうまく、ファンにとっては長町に投稿した内容を読まれるのが一種のステータスになっている。
ほかにも、長町が出演したゲームはすべてヒット作となり、ゲーム界では『長町伝説』と呼ばれていることを後で知ることになる。
(事前に聞いていたけど、改めて聞くとものすごい人だな……)
翔太は内心で感服していた。
「――なるほど、いくつか考えられますが、ラジオ番組はよさそうですね」
「詳しく教えてください!」
長町は翔太にぐっと身を乗り出しながら反応した。
(近い……キリプロのタレントは距離感がバグっているんじゃなかろうか?)
「長町さんのラジオに寄せられたコメントはすべて読まれるわけではないですよね?」
「ええ、沢山いただいているので、ごく一部です」
長町はドヤ顔で言った。
(裏表がなさそうだから、扱いやすそうではあるな……)
「それだけあると読まれなかったコメントの中に、長町さんの興味が惹かれるものがあると思います。
それらをブログで面白おかしく紹介してあげてはどうでしょうか?
番組の許可をとる必要がありますが……
ブログはラジオ番組と違って尺の制約がないですし、文章なら後で推敲できるのである程度攻めた内容を書けます」
「すごくいいですね!」
長町はすかさず表情で食いついた。
「加えて、可能であれば長町さんのブログにコメントされた内容をラジオ番組で取り上げるのはどうでしょうか?
ブログのコメント数とPVには強い相関があるため、かなり効果が期待できます」
翔太の口調に説得力があったのか、長町の表情は初めて花火大会に連れられた子どものように輝いた。
「はい、絶対にやります!」
(えっ! そんな簡単にできるもんなの?)
長町のラジオ番組『みうトーク』は全ラジオ番組中で最高の聴取率を誇る。
したがって、長町がやると言ったことは実現する可能性が極めて高い。
「みうみうファン大歓喜だな」
トップブロガーである星野も肯定したことで、長町のテンションは最高潮になった。
「あ、あの! いただいた案でブログの内容を書いてみますので、その下書きを柊さんに見てもらえませんか?」
長町は有無を言わせない表情で言った。
「おー、おー、必死だな」
(おぃ、茶化すなよ……せっかくこれで収まりそうなのに)
「まぁ、最初だけなら構いませんよ」
「ありがとうございます! 絶対ですよ?」
長町に圧倒された、翔太は何年前かわからないほど久々の指切りをさせられた。
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