第77話 混ぜるなキケン
「会っていただきたい人物がいます」
翔太は神代と橘に向かって言った。
ここはグレイスビルの会議室だ。
翔太は神代と橘に個人的な話があると前置きして、時間を取ってもらった。
誰にも聞かれたくない話だったため、橘に会議室の使用許可をもらっていた。
私用の要件であるが、橘の権限でどうとでもなるようだ。
「柊さんの知り合い?」
神代の質問には、イエスとも言えるしノーとも言える。
二人がよく知る人物なので、名前を言うことにした。
「石動景隆です」
「ええええええぇーーー!!!」「えっ!!!」
神代と橘は驚愕していた。
(そりゃ驚くよな……俺だって胃の中身を全部吐き出すほど驚いたし)
「石動さんって? あの石動さんだよね?本人?」
神代は動揺しているが、言わんとしていることは理解できる。
「うん、仕事で会ったんだよ――」
翔太はアストラルテレコムでの経緯を話した。
***
「まさか、そんなことが……石動さんはデルタファイブの社員ですから、ありえないことではないですね」
「ちょっとー、なんで橘さんが石動さんのことを知ってるですかー?」
橘の発言に、神代は不満顔だ。
「俺と石動のつながりは、今のところお二人しか知りません。
もし、石動に興味があれば一度会っていただけると――」
翔太にとって、二人に石動を紹介することは賭けだった。
二人が石動を拒絶するようなことがあれば、翔太と石動の野望を軌道修正する必要がある。
「うん、もちろん!」「はい、石動さんに会ってみたいです」
快諾してくれたことで、翔太はほっと胸を撫でおろした。
***
「石動と言います。よろしくお願いします」
石動は馬鹿丁寧に名刺を差し出した。
翔太は石動をグレイスビルの会議室に呼び出していた。
前回とは違い、今回はビジネスの話も要件に含まれていた。
神代と橘はぽぅーっと石動を眺めた後、慌てて名刺を取り出した。
「あれ?かみしろさんは芸能界の方なんですね」
名刺を受け取った石動は興味深そうに名刺を受け取った。
「ぷっ」「くすくす」
石動の反応に、神代と橘は思わず笑みがこぼれていた。
「?」
「くましろさんな。
名前を言い間違えたのは石動で二人目だよ。一人目は俺だ。
神代さんは国民的人気女優なんだよ」
何のことかわからない石動に、翔太が説明した。
「えぇーっ! なんで柊がそんな有名人と知り合いなんだよ?!」
翔太と石動はお互いに名字で呼び合い、敬語を使わないことで合意していた。
「ふふふ、石動さんって、本当に柊さんと同一人物なんですね。
私を見たときの反応が一緒でしたよ」
神代はまだ笑いを堪えきれていないようだった。
***
「はー、俺がアストラルにいじめられている間に、もう一人の俺はそんな面白いことになってたのかー」
石動は小説を読み終えたような顔をしながら感想を述べた。
翔太は霧島プロダクションとの仕事について、かいつまんで説明していた。
「俺だって同じ道を通ってきたんだよ!
というか、こないだ俺が助けたんだから、お前のほうが楽してるじゃねーか」
「あのときは助かったよ――」
石動は翔太を目で促しながら言った。
「すみません、おトイレお借りしてもよろしいでしょうか?」
「俺が連れていきます」
翔太は石動が二人で話したいことがあるのだろうと察した。
(こういうのも以心伝心と言うのだろうか……)
「――おい! あの二人、めちゃくちゃ美人じゃねぇか!
……もしかして、どっちかと付き合ったりしてるのか?」
「そういうのじゃないから、安心しろ」
「でもあの感じは――」
***
「あ、あの……橘さん、あの二人がそろうと……」
「ええ、そうね……」
二人になった神代と橘は、もじもじとしだした。
普段接している翔太よりも、石動といることでより魅力的に見えてしまうのだ。
翔太は人生経験があり、良く言えば落ち着いているが、悪く言えば枯れている。
同一人物である石動が重なることで、翔太に石動の若さが投影されているように感じていた。
「あの二人は混ぜるなキケンですね」
「とりあえず、Pawsのメンバーには会わせないようにするわ」
神代と橘の間で、新たなルールが設定された。
***
会議室に戻った翔太が切り出した。
「今の会社を辞めようと思っています」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます