第76話 衝動
「野田、すまん。まだ体調悪いから、ちょっと休憩してくる」
「あ、あぁ、無理すんなよ」
翔太は胸の奥から湧き上がる衝動に突き動かされるように、石動を追いかけた。
理由はわからない。
ただ、運命が翔太を石動と巡り合わせようとしているかのように感じたのだ。
石動はゲスト用のIDカードを持っていたため、退館手続きが必要なはずだ。
「いた!」
翔太の予想通り、石動は白鳥とロビーにいた。
なんとか石動と二人で話せないか――そう考えていると、白鳥が離れていった。
おそらくトイレに行ったのだろう。
(チャンスだ! でも何を言うべきか……?)
初対面の人にいきなり声をかけられても不審に思うだろう。
ミーティング中に石動を不躾に見てしまったので、印象は悪くなっていると想定される。
白鳥が外している間に、自然でかつ、石動の注意を惹きつけるような話題を出す必要がある。
(考えろ……思い出せ……)
翔太は石動が今どんな状況にいるのかを必死に思い出した。
「――あの、石動さん」
「はい、なんでしょうか」
石動は翔太のことを警戒しながら応じた。
「今回の問題はCPUですよね?」
「――えっ! なんでわかったんですか?! ――あっ!」
石動は驚き、自分の失言に気づいたようだ。
(ビンゴ! これならいけそうだ)
社内でしか知り得ない情報を突きつければ、石動の関心を惹くことができるはずだ。
「差し出がましいですが、私の言うことを聞いていただければ、今回の問題は解決すると思います」
「ええぇっ!」
「問題の切り分け方法や解析のポイントは……今は時間がないので、いただいた名刺のアドレスにメールします」
言いながら、翔太は辺りをきょろきょろと見回した。
ここからの話を白鳥に聞かれるのはまずい。
『私は石動さんのすべてを知っています。初恋は小学三年生の同じクラスで――』
翔太は石動自身にしか知らないはずの情報を耳打ちした。
石動は怯えているような表情になった。
(そりゃそうなるよな……)
当たり前だが、自分自身のことは自分が一番よく知っているため、石動の反応はすべて想定内だ。
「あの……石動さんのことを脅す意図はありません。
一度、二人きりでお話したいのですが、私のことを信じていただけるなら名刺の裏の連絡先にご連絡ください」
翔太はミーティング中に、石動に渡す名刺には連絡先を記載していた。
石動は呆然としている。
おそらく、受け取った情報量が多く、いっぱいいっぱいになっているのだろう。
「石動、どうした?――あ、どうも」
白鳥が戻ってきて、柊に気づいて会釈した。
(今はここまでだな、コイツなら間違いなく反応するはずだ)
「白鳥さん、石動さん、おつかれさまでした」
そう言って翔太はこの場を後にした。
***
「おい、柊、大丈夫か?」
「あぁ、すまん、もう大丈夫だ」
アストラルテレコムのオフィスに戻った翔太は、当時を思い出しながら石動にメールを書いていた。
あの時はCPUの解析に想定以上の時間がかかり、大問題になっていたので記憶に残っていた。
スレッドの競合(複数の処理が同時にリソースにアクセス)でしか発生し得ない現象なので、再現のアプローチを簡潔に伝えることにした。
デルタファイブの解析チームなら、これだけで再現プログラムを作成できるだろう。
「野田、さっきの問題は多分解決できるぞ」
「え、マジか?」
***
翔太の携帯電話に石動から連絡があった。
「――もしもし、石動です。今から会えますか?」
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