第70話 デート

「きまった!」「さすが私!」「ばっちりだぜ!」

翔太を仕上げた三人は、自分たちの仕事に自画自賛した。


ここはグレイスビルのドレッシングルームだ。

神代とのデートに向けて、スタイリストの椚知沙くぬぎちさ、メイクアップアーティストの榎由香里えのきゆかり、ヘアメイクの桂知世かつらともよが翔太を魔改造していた。


デートはオーディションの前日に神代が翔太にお願いしていたものだが、ようやく実現するに至った。

神代が盛大にバラしてしまったため、どうせなら徹底的にやろうということになった。


霧島プロダクションとしては、所属タレントが勝手な行動でスキャンダルが発覚するよりも、コントロール下に置かれた状況で行動させるほうが都合がいいという方針のようだ。


橘は、ずっと働き詰めだった神代への息抜きと、異性に慣れる活動の一環として翔太の同行を許可していた。

橘にとって翔太は信頼でき、かつ神代には手を出さないだろうという目算もあるようだ。


「誰!?」

鏡を見た翔太は、思わず叫んだ。

プロ三人が魔改造した翔太は、まるで別人のようだった。


「いやあ、うちのタレントにも負けてないよ!」

桂がバシバシと翔太の肩を叩きながら誇らしげに言った。


「サイズもぴったりね。せっかくいい服を用意したんだから、タンスの肥やしにしちゃ駄目よ?」

『衣食住』の内、『食』に加えて『衣』までお世話になるのはどうかなと思っていた翔太に対して、椚が言った。


「柊くん、メイクの直し方だけど――」

榎が翔太にメイクの直し方を伝授しながら、ポーチを渡した。

中には、コンシーラーやブロウペンシルなど、これまでの人生で全く縁がなかったものが入っていた。


翔太の貢献に対して報酬が足りていないという霧島の判断から、霧島プロダクションが所有するさまざまなリソースが翔太に提供された。

服飾やメイクもその一環だ。


***


「……///」

休憩室で翔太を待っていた神代は、翔太を見た途端に固まった。

神代はすでにボーイッシュバージョンのボクっ娘に変装していた。

ほやーっとした表情で、ほんのり赤くなっている。


「あれ? なんか変?」

神代の反応がどういうものかわからなかったので、翔太は率直に聞いてみた。

自分でも悪くないと感じていたし、魔改造した三人の評価も高かった。


「かっ……かかかっ――」

ようやく口を開いた神代は、壊れかけのラジオのような声を出した。


「蚊?」

「――こ、このままじゃ誰かに見られちゃうから、早く出よ!」

神代は翔太の手を掴んで、さっそうと歩き出した。

(昨日は盛大に暴露してたのに、見られると困るのか?)


***


「なんだか、ジロジロ見られてる気がするんだけど……」

翔太は周囲からの慣れない視線に戸惑った。


神代に連れられて向かった先は、六本木にある巨大複合施設だった。

翔太が病み上がりであることを考慮して、神代は屋内で完結するこの施設を選んだ。

二人はランチの店を探すため、レストランフロアにいた。


「梨花さんは見られることに慣れているかもしれないけど、俺は慣れてないから落ち着かないよ」

「今見られているのは、私じゃなくて柊さんのせいなんだけど」

神代はじとーっとした目で翔太を見ている。


「あれ? リカさん?!」

「あ、野田さん!」

(野田ぁああああ、なぜここに?!)


二人は野田とその彼女と思しき女性と遭遇した。


「これは、俺の彼女で――」

「はじめまして!今宮涼子いまみやりょうこといいます」


今宮と名乗った女性は、野田より年下で可愛らしい印象を与えた。


「で、そこのイケメンのお兄さんは?」

野田が興味津々といった様子で聞いてきた。

(え? 気づいてないの!!!?)


野田の様子を見て、神代は「にまぁ」と、小悪魔のような笑みを浮かべて翔太を見た。

(絶対にろくでもないことを考えている……)


「ボクの彼氏、しょうくんだよ!」

神代は翔太を指して言った。

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