第64話 確保

「とじはらぁ!」

翔太の声が控室に響き渡った。

男の名前を呼んだのは、翔太に注意を向けさせるためだ。


驚いた相手に対して、翔太は払腰を繰り出した。

警備員の体が宙を舞い、床に叩きつけられる音が鈍く響いた。

景隆が若い頃に習得していた柔道技だが、翔太の体でも行えたことに安堵した。


警備員の名札には『杜氏原』と記載されていた。


翔太は杜氏原とじはらの上に跨がり、並十字絞なみじゅうじじめを仕掛けようとした。

しかし――

(握力が残っていない……)


その隙を突くように、杜氏原が動いた。

「――っ!」

翔太の脇腹に鋭い痛みが走る。

目を凝らすと、杜氏原の手にはナイフが握られていた。


(こ、これは想定外だ……)

翔太の意識が急速に薄れていく。


「きゃあああ!!」

再び控室に悲鳴が響き渡った。


「トスッ!」

「しょうたん!」「「柊さん!」」


翔太が意識を失う直前、星野と橘、白川の顔が目の前にあった。


***


翔太から連絡を受けた橘は、鼓動が早まるのを感じながら、ファンイベントの会場へ急いだ。

神代にはグレイスビルで待機するように指示した。


会場に到着した橘は、人混みをかき分けるようにして建物内に駆け込んだ。

その時、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。


「きゃあああ!!」

悲鳴が聞こえた控室に駆け込むと、目の前に衝撃的な光景が広がっていた。

翔太と警備員が組み合っており、床には血の跡が見える。


(柊さん!!!)


「トスっ!」

起き上がってきた杜氏原の顎に、橘の躊躇ない回し蹴りが入り、杜氏原は昏倒した。

今日の橘はパンツにスニーカーという動きやすい格好だった。


「しょうたん!」「「柊さん!」」


橘は翔太の脇腹が出血していることに気づき、止血処理をしながら叫んだ。


「救急車! 早く!――」「はい!」


白川がすぐに反応して、119番通報をした。


「誰か! 周りの警備員を呼んで!」


駆けつけたマネージャーの川嶋が素早く状況を把握し、警備員を呼んだ。

杜氏原の身柄は速やかに拘束された。


橘は警察に通報し、川嶋に後を託した。

そして、到着した救急車に翔太と共に乗り込んだ。


「もしもし、柊さんですか?――病院は――」

救急車の中で、橘は姉の蒼に電話をかけた。


(柊さんの情報が外に漏れないようにしないと、それに――)


翔太は自分の名前が公開されることを恐れるだろう。

現場の関係者には口外しないよう徹底させた。


加えて、翔太がコンタクトをとった人物に口止めをしておく必要がある。

橘は翔太に申し訳ないという気持ちを抱きつつ、翔太の携帯電話を手に取った。

橘は翔太の体を最優先にし、次に起こりうるリスクに備えて対策を考えた。


(お願い!助かって!)

橘は翔太の手を握りしめ、すがりつくように祈った。

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