第62話 調査

「はい、警察の方が来ました」


ここは脅迫メールが送信されたと想定されるネットカフェだ。

ネットカフェの店員によると、警察による聞き込みが行われたらしい。


「警察に提供された情報について伺えますか?」

橘は店長を呼び出し、警察が調査した内容を聞き出した。


メールが送信された時間帯の利用者は五名で、当時の店員の証言によると、全員男性客だったようだ。


「さすがに、特徴までは覚えてなかったようですね」


個人経営の店舗のためか、防犯カメラもなく、本人確認も行われていなかった。

『Snote』を名乗る人物は、セキュリティが甘いことを理由に、この店舗を利用した可能性が高い。


「警察はこの時間帯に利用したPCを調査していましたか?」

「いえ、していませんでした」


店長は警察が立ち入ったことに対して怯えていたようだ。

悪評が立つことを恐れているのだろう。


警察がPCを調査しなかったのは、令状が必要だったのか、単なる怠慢だったのかはわからなかった。

いずれにせよ、Snoteが使ったと思われるPCを確認できそうだ。


「この時間帯に使われていたPCを確認させていただけますか?」

「は、はい、どうぞ」

橘が渡した名刺に効果があったのか、店長は協力的だった。


翔太が5台のPCを確認したところ、OSにログインされた形跡があったのは1台だけだった。


「橘さん、このPCだけ買い取ることができますかね?」

「交渉してみます」


橘の交渉により、簿価でPCを買い取ることに合意できた。

店側としては最新機種に置き換えられるので、悪い条件ではなかったのだろう。


念のため、ほかの4台のハードディスクのコピーもさせてもらった。

大手チェーンの店舗であれば、拒否されていただろう。

少し先の未来では、個人情報保護法が施行され、データプライバシーが重視されるようになる。


***


「何かわかりましたか?」


ここは、霧島プロダクションの本社ビルだ。

騒ぎを大きくしないため、所属タレントが出入りするグレイスビルでなく、本社ビルの会議室で捜査本部が設置された。

捜査員は翔太と橘の二名だ。


「ブラウザの履歴と、Cookieが復元できました。

メールアドレスのドメインと合致しているので、このPCからメールを送信している可能性が高いですね」


橘の質問に翔太が答えた。

この時代では、ブラウザのプライベートモードが実装されていなかっため、Snoteの痕跡が残されていたことに安堵した。


当時はポータルサイトのアカウントも本人確認なしで作成できたため、ネットカフェで作成したアカウントからメールを送信した形跡が確認できた。


「では、このIPアドレスからブログにアクセスがあったかを確認してみます」


所属タレントのブログのアクセスログは、霧島プロダクションが所有・管理している。

従って、ブログにアクセスされたIPアドレスが確認できる。


ブラウザの履歴からは、ブログにアクセスした形跡はなかったため、このPCからアクセスしている可能性は低いと考えられる。

携帯電話からアクセスしている可能性もあるが、この場合は追跡難度が跳ね上がる。


「Pawsのメンバーのファンである可能性は高そうなんですけどね……」

「確率で考えると綾華になりますが」


Pawsでは、白川の人気が頭一つ抜けている。

しかし、対象を白川のファンに絞ってしまうと、外れたときに大きなタイムロスになる。


「そもそも、なんでこのイベントなんですかね?」

「そういえばそうですね」


Pawsの活動を止めたかったら、過去のコンサートなどでも、同様な脅迫があってもおかしくはなかった。


「このイベントである必要があるんですかね……」

「具体性がないのも気になりますね。

本当にイベントを中止させたいなら、応じなかった場合の報復行動を明確に記載するはずですが」


翔太はメールの文章に使われている似たような表現が、ブログにコメントされていないかを確認することにした。

この時代においては、単語の類似度検索アルゴリズムの精度が高くないことから、調査は難航した。


「柊さん、すみません、梨花の仕事があるので私は一旦失礼します。

この場所はいつまでも使っていただいて構いません」

「はい、おつかれさまです」


明日はファンイベントである。

何かあったときのために関係者用パスを橘から受け取った。


一人になった翔太は調査を再開した。


***


「何か見落としている気がする……」

翔太は徹夜して調べていたが、進捗は芳しくなかった。

今日はファンイベントが開催されるので、何らかの成果が欲しかった。


Pawsに関わることになったのは、ブログがきっかけだ。

特に星野とはよく関わるようになった。

翔太は星野との会話を思い出した。


☁☁☁☁

『ブログの投稿やコメントでNGワードを書かない仕組みを実装しているんですよ』

『おー、放送禁止用語やらかしたら、一発退場だもんな』

☁☁☁☁


「ああああああーーーーーっ!!!」

翔太は重大なことを見落としていたことに気づいた。


⚠─────

星野との会話は19話を参照

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る