第61話 脅迫

「ぱっと見た感じだと、いたずらにも見えますね」

メールを見た翔太が言った。


ここは、霧島プロダクション本社の社長室だ。

翔太は橘に呼ばれて、霧島のいる本社に向かった。

橘の電話では、誰にも口外しないという要件があったため、単身で社長室を訪れた。


橘は、アイドルグループPawsのファンイベント『Pawsエンカウント』の事務局宛に、不審なメールが送られてきたことを告げた。


📧─────

件名:Pawsエンカウントに関する緊急事態


Pawsエンカウント事務局 御中


私こと、Snoteと申します。Pawsの熱狂的支持者であることをここに宣言いたします。

長年にわたり、彼女たちへの情熱を燃やし続けてまいりました。

しかしながら!ファンの切実なる願いを無視し続ける貴殿らの所業は、もはや看過できぬ事態に至っております。


ここに、Pawsエンカウントの即時中止を厳かに要求いたします。

もし、この要求が無視されるようなことがあれば……貴殿らに降りかかる不幸な結末は、想像を絶するものとなりましょう。


Snote

P.S. 時は刻一刻と過ぎゆく。賢明なる判断を期待いたします。

─────📨


「警察には連絡したのですか?」

「はい、一応事件性があるとして捜査をしてくれるようです」


橘はすでに動いていた。

本来であれば、ファンイベントの事務局側で対応すべき案件だが、霧島は翔太と橘のほうが対応できるとの判断があったようだ。


「柊にも、橘と一緒に調査をしてもらいたいんだが、構わねぇか?」

「はい、問題ありません」


霧島は現場の混乱を避けるためにも、最小限の人員で対応したいようだ。


直近ではブログの移行作業が翔太の仕事であったが、やることが少なくなってクッキーを焼くほどだった。

新田が優秀すぎて、移行作業が想定よりも早く進んでいるためだ。


「何をやろうとしているのか、具体性がないんだよな」


霧島が苦々しく言った。

仮に、爆破予告などが含まれていれば、警察の対応も変わっていただろう。


「イベントでは、警備体制を強化することになりました」

警備会社に警備を委託していたが、警備員を増員することになったようだ。


「『Snote』という人物に心当たりは?」

「ファンクラブやメール、ブログのハンドル名などを当たってみましたが、該当するものはありませんでした」

「警察も調査はしてくれるかもしれませんが、難しいでしょうね」


本名をハンドル名に含めるパターンもあるが、この情報だけでは脅迫者を特定することは無理だろう。


「ちょっと古くさい文章ですね」

「これだけでは、年齢は特定できませんね」


橘の言ったとおり、メールの文章からプロファイリングするのは難しいだろう。

(なんか既視感があるんだよな……どこだったか?)

翔太は思い出せないもどかしさを抱えていた。


「メールの送信元はわかりましたか?」

「IPアドレスを調査したところ、ネットカフェからのようです」

「少なくとも、そのくらいのリテラシーはあるってことですね」


IPアドレスの情報から、自宅を特定することも可能だが、ネットカフェからであれば送信者の特定は難しくなる。

この時代では規制が緩く、利用者の本人確認は行われていなかったと想定される


「まずはこのネットカフェですね」

「はい、行ってみましょう」


「フォレンジックしたいのですが、予算は取れますか?」

「なんじゃそりゃ?」

霧島の疑問はもっともだ。


「ディスクに保存された情報の回収と分析調査を実施します。

ネットカフェのPCの履歴は削除されている可能性がありますが、完全には消せないはずです。

警察がやっているかもしれませんが、こちらの方でも平行でやっておきます」


「ぜひやってくれ。なにが必要なんだ?」

「とりあえず、ハードディスクを複製する装置と解析するツールですね。

フォレンジックを専門の業者に依頼する場合は、その分の費用もかかります」

「ああ、いいぞ。この件を最優先で動いてくれ」


翔太と橘は調査に向かった。

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