第60話 クッキー
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川奈> 冷蔵庫の卵とバターが賞味期限切れそうだから、全部使っておいてくれ
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「バターは……業務用じゃねぇか、多いな……」
ここは、グレイスビルの休憩室だ。
冷蔵庫を確認した翔太は、川奈からのメールに頭を悩ませた。
グレイスビルの休憩室にはキッチンが備わっており、食材がストックしてある。
食材は主に所属タレントの俳優である川奈が持ち込んでいるものだ。
神代は稽古場で美園と共に稽古に励んでいた。
橘は緊急な案件が発生したとのことで、本社の霧島の元へ向かっている。
翔太はブログのシステムを『フュージョンブログ』に移行する作業をしていた。
(クッキーでも焼くか)
翔太はCookieの実装作業をしていた。
Cookieとは、ウェブサイトにアクセスしたときに情報を記録しておくための仕組みである。
卵白が余るので、先にメレンゲを焼くことにした。
メレンゲは材料こそシンプルだが、泡立てるのが手間である。
キッチンにはハンドミキサーがあったので、これを使うことにした。
川奈は料理番組にも出演していることから道具にはこだわっており、キッチンには川奈の用意した調理器具がそろっていた。
メレンゲが焼き上がる間にクッキーに取り掛かった。
業務用の無塩バターに砂糖と卵黄を入れて混ぜ合わせ、薄力粉を加えて生地を寝かせる。
バターは、AOP(原産地保護呼称)認証を受けている高級品だ。
待ち時間ができたので、この間にCookieの実装を進めておく。
将来、Cookieには規制がかけられることがわかっているため、未来の保護規則に準拠しておくことにした。
***
「ひゃー! いい匂いがするぞい!」
ちょうどクッキーが焼けたときに、星野が休憩室に入ってきた。
Pawsのメンバーもぞろぞろと集まっていた。
「ミーティング?」
「そう、今度の土曜日にファンイベントがあるのさ」
『Pawsエンカウント』というファンイベントが開催されるらしい。
ミニライブやメンバーがファンからの質問に答えるトークセッションなどが予定されている。
「あの、これはどなたが召し上がるんでしょうか?」
天板を引き出している翔太に白川が尋ねた。
(そういえば、作ることだけを考えていて、食べることを考えていなかった)
「食べる?」
「はい、いただきます!」「もち!」
白川と星野が食いついた。
「きみら、手作りのもの食べたらいかんのでは?」
霧島プロダクションでは、差し入れのルールがあった気がしていた。
何が混入されているかわからないため、危険であることは理解できる。
「しょうたんのなら、問題なかろ?」
「――いいわよ」
「「「キャー!」」」
マネージャーの川嶋が逡巡した後に許可を出した途端に、Pawsのメンバーが群がり、クッキーはまたたく間になくなってしまった。
ここでは川奈が料理を振る舞うこともあるため、問題ないと判断されたのだろう。
普段ガードの固い白川が食べたことで、ほかのメンバーも安心したと推察される。
「焼き立て、んまいなー!」「おいしー!」
翔太は、娘達に食べさせているような心境になった。
ちなみに、景隆の時も含めて子供はいない。
(いないよな?)
「あれ? 美味しそうな匂いがする!」
最悪なタイミングで神代が美園を連れて現れた。
「――もう、柊さんのクッキー食べたかったのにー!」
神代はぷんすかとした表情で嘆いた。
(最近、よくこんな感じになるなぁ)
これはこれで可愛いのだが、口に出したら藪蛇だ。
「メレンゲも焼いたので、食べる?」
「もちろん!」
神代の表情が明るくなった。
(ちょろい、ちょろすぎて心配になる)
「美園さんもいかがですか?」
「あら? いいのかしら?」
「ルミナスさんが問題なければですが」
「なんのことかしら?」
『ルミナス』とは美園が所属する芸能事務所『ルミナスオフィス』を指す。
手作りのものを食べても問題ないかという問いであったが、美園ははぐらかした。
本当はNGなのだろう。
「おいしい!」「サクサクして美味しいわね!」
神代はプレーンのメレンゲ、美園はココアパウダーが入ったものを食べていた。
「柊さん、女子力も高いのね」
「ここまで来ると嫌味だけどねー」
翔太は、密度が高くなった休憩室で、男性が自分だけであることにアウェイ感を感じていた。
――翔太の携帯電話が鳴った、橘からだ。
「――はい、わかりました、すぐに向かいます」
Pawsのファンイベントに対して、脅迫メールが届いていた。
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