第46話 姉オチ?

「もー、びっくりしたよー」

蒼は開口一番に言った。


ここは日本料理店の個室だ。

蒼がクライアントとの接待でよく利用している店で、プライバシーがしっかり確保されている。


「俺も蒼さんがいるなんて、思っていなかったですよ」

翔太はそう言ったが、蒼は広告代理店に勤務している以上、あの場にいる可能性はあった。


翔太は、家族を相手に話す時は敬語で話している。

素で話してしまうと、景隆の性格が出てしまい、柊翔太の性格と矛盾が生じることを懸念していた。


柊翔太の体に別人格があることを知っているのは、神代と橘だけだ。

自分の家族だと思っていた人間が、実は別人だったと聞かされたら相当なショックを受けるだろうと想像できる。


「翔太の会社はIT企業じゃなかったの?」

蒼の疑問はもっともだ。

IT企業に就職したと思った弟が、映画の脚本の打ち合わせに参加しているのだから、驚くのも無理はない。


「話せば長くなるのですが―――」

翔太は、蒼にCM撮影から、映画のオーディションに至るまでをダイジェストで説明した。


***


「あはは、相当面白いことになってるのね!想像以上だわ」

蒼は上機嫌に言った。

過去の事件があったので、翔太のことを心配していたのだろう。


「あの……柊さん」

神代は蒼に向かって言った。


「私のことは蒼でいいわよ、なんならでも?」

神代は顔を真っ赤にした、『ねえさん』に当てはまる漢字を想像していたのだろう。


「柊さんが東京に出た時に、蒼さんにお世話になったと聞きました」

のことは神代さんに伝えています」

神代の発言に翔太が補足した。


「そう、翔太は神代さんのことを随分信用してるのね」

「そうなんですか!」

神代の顔がぱぁっと明るくなった。


「この子、ガードが固いでしょ?まぁ、自分の生い立ちが話せないからなんでしょうけど」

「それは、わかります」

「なので、翔太が事情を打ち明けられる相手は限られるのよ」

蒼は神代を慈しむような目で見つめながら言った。


「ほかに翔太の事情を知ってる人はいるの?」

「会社の同期と神代さんのマネージャーの橘さんだけです」

前者と後者では、打ち明けている内容の深さが違うが、ここでは言及できなかった。


「翔太ってば、こういう情報を全然共有してくれないのよ。

実家にも全然帰らないし……」


蒼はこう言っているが、神代は翔太の事情をもっと深く知っているので、家族との接触を避けている理由をなんとなく察していた。


「あ、あの―――」

「あ、ごめんなさい、私ばかりしゃべっちゃって。

翔太をお世話してた件だったよね」

神代は頷いた。


「翔太は一人暮らししたいと言っていたんだけど、記憶がないから、まともに生活できるか不安でしょ?

なので、住む家が見つかるまではうちに住んでいたのよ」

「そ、それはどのくらいですか?」

神代はモヤモヤしている。


「2週間くらいだったと思う。今住んでるところは蒼さんが保証人になってくれたんだ」

翔太が代わりに答えた。

翔太は連絡をとっていない不義理を働いていたが、蒼には感謝している。


「とにかく、翔太がちゃんと生活できているようでよかったよー」

蒼はほっとしたように言った。


「ね、神代さん、翔太は仕事ではどんな感じなの?オーディションの映像みてびっくりしちゃったよ」

蒼は興味津々に聞いた。


「冗談みたいに仕事できるんです。オーディションの内容や質疑応答は柊さんの仕込みですし」

「あれすごかったねー、映画のPVではあのシーンが使えそう。あー、でも、ネタバレになるかな?」

映画のプロモーション動画は蒼の管轄だ。


「アイデアは俺だけど、橘さんがいたから実現できた訳で、結果が出たのは神代さんの努力ですよ」

「橘さんも相当できそうなマネージャーなんだね、翔太も信頼しているみたいだし」

「あの人は規格外と言っていいと思います」

翔太はこれ以上自分に向かないよう、話題をそらした。

情報を渡しすぎると、中身の年齢が噛み合わないことが露呈してしまいそうだった。


***


「そういえば、映画に新しいスポンサーが付きそうなので、そことの調整をしないといけないの」


スポンサー企業と利害調整が必要になることがある。

例えば、出演する俳優がスポンサー企業と競合するCMには出演制限が課せられる。


「脚本に手を入れるなら、会ってお話ししたほうがよいでしょうか?」

「そうね、お願いできるかしら? 山本さんと私でセッティングするので、決まったら連絡するわ」


後日、蒼はこのミーティングを設定したことに激しく後悔することになる。


***


「はー、蒼さんか……」

帰宅した神代は翔太の姉について思いを馳せていた。


蒼からすると、翔太は物心ついたときから実の弟だ。

これについては何も問題はない。


翔太―――すなわち景隆にとっては、初対面の美人の女性と2週間にわたって同じ屋根の下で過ごしていたことになる。


神代のモヤモヤは晴れなかった。

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