第45話 謎の女性
「映画の脚本に手を入れることになって、なぜか俺がやることになったんだけど、梨花さんに手伝ってもらえないかな?」
翔太は神代に恐る恐る伺った。
神代が主演の映画『ユニコーン』のプロデューサーである山本から、翔太に映画の脚本の監修を依頼された。
映画に関しては完全に門外漢の翔太は、神代に助言を求めることにした。
霧島の許可は得ているので、神代本人の意思の確認であった。
「やるに決まってるじゃない! まさか、私がやらないと言うと思ったの?」
神代は少し不満げな表情で言った。
「ま、まぁ、梨花さんなら引き受けてくれると信じてたよ……?」
翔太は気圧されながら言った。
『腕時計は諦めるか、別に欲しかったわけではないし……』
翔太は神代に聴こえないようにつぶやいた。
***
「え?!翔太?」
「あ、蒼さん?!」
「なんでここに、翔太がいるの?」
「成り行きで映画の脚本に関わることになってしまったんですよ」
「ちょっとー、全然そんなこと聞いてないわよ!」
ここは映画の制作会社、夢幻の会議室だ。
映画の脚本を修正するために、関係者が招集された。
これまでは、神代の仕事に翔太が付き添っていたが、今回は逆に神代が付き添う形になった。
神代がメインの仕事ではないため、橘は同行していない。
神代は、翔太と女性が親しげに話している様子をモヤモヤとしながら見ていた。
女性は翔太より少し年上で、スーツ姿が様になっている。
きりっとしたショートボブの髪型は、彼女の端正な顔の輪郭を美しく引き立てていた。
(そういえば、私、柊さんの女性関係のこと、何も知らない)
神代は、目の前の女性が翔太とどんな関係なのかを気にしていた。
しかし、プライベートなことをこの場で詮索することは憚られる。
「あら? ごめんなさい」
女性は神代に向かって言った。
訝しんだ表情が出てしまったのだろうか?
女優として表情をコントロールすることには慣れているはずなのに、翔太が絡むと感情のブレ幅が大きく、制御できていない自覚があった。
「神代さんですね? 私は株式会社クオリアの柊と申します。
――翔太の姉です」
「えええっ!?……はっ……ごめんなさい」
神代が感情を制御できるようになるのは、まだ先のようだ。
***
「――なるほど、原作で使われている古くなった技術を、現在使われているものに置き換えるのですね」
蒼は、頷きながら言った。
蒼は戸籍上・遺伝子的には柊翔太の実の姉だが、景隆の主観では、付き合いの短い他人なので複雑な心境だ。
「大鳥さんと雪代さんはいかがでしょうか?」
プロデューサーの山本は原作者である大鳥と、脚本を担当する雪代に向かって言った。
「最近の技術には疎いので、君たちに任せるよ。
その方が若い人たちにも受けがいいだろう」
大鳥は数多くの著書を持つベテラン作家だ。
真っ白な髭は顎を覆っており、手入れが行き届いて風格が漂っている。
原作の『ユニコーン』は、当時の技術者から取材した内容を元にされているらしい。
「はい、私も技術的なことは専門外なので、柊さんにお願いしたいと思っています」
雪代も同意した。
この場には柊が二人いるが、ここでは翔太を指している。
雪代は蒼と同世代の女性だ。
天然パーマの髪と、分厚いレンズの眼鏡は鼻の頭でかろうじてとどまっていて、今にも落ちそうだった。
着古したシャツとジーンズを履いており、パリッとした蒼とは対照的だ。
「可能な限り、原作の内容を踏襲したいと思っていますがいかがでしょうか?」
雪代の提案に、大鳥と翔太は賛成した。
翔太は景隆のときに、原作の内容を無視して実写化した作品が炎上している様を何度もSNSで目にしていた。
したがって、雪代がこのタイプでないことに大きく安堵した。
「メインスポンサーである、サイバーフュージョンさんが提供している技術やサービスを取り入れようと思っています。
例として、オーディションのシーンではCFさんのドメインサービスを使わせていただきました」
翔太が方針を示した。
このとき、景隆のときに好きだったロボットアニメが、大人の事情で合体ロボットになってしまったことを思い出した。
「オーディションと言えば、観ていただいたいものがあります」
監督の風間がプロジェクターに動画を映した。
オーディションを録画したものであり、神代と上村が映っている。
***
「「「おおっ!」」」
神代が電源ケーブルを引っこ抜いた場面で、その場にいなかった面々が一様に驚いていた。
「これはそのまま使えそうですね! 原作からも大きく外れていませんし!」
雪代は興奮している。
「いいと思うよ、これは受けそうだ。俺が書いたものよりいいかもしれない」
大鳥は苦笑しながら言った。
「これは柊さんのアイデアですか?」
蒼が翔太に聞いた。
蒼もオーディションの映像にはかなり驚き、同時に感嘆していた。
(あんたも柊だよ)というツッコミは口には出さなかった。
「はい、神代さんと相談して決めました。
ご覧のとおり、神代さんは非常にがんばってくれました」
神代は翔太の隣でテレている。
「ほかのスポンサーのご要望があれば、可能な範囲で取り込みます」
「それは私と柊さん――クオリアの柊さんと調整して、ご連絡するようにします」
翔太の提案に山本が答えた。
翔太は、素人が脚本に手を入れることに反発があると想定していたが、風間の機転もあってか円滑に進んでいた。
***
「ね、翔太、この後時間とれないかな? もしよければ神代さんも一緒に」
ミーティングが終わり、蒼は翔太に話しかけてきた。
さり気なくフェードアウトするつもりだった翔太は、姉に捕まってしまった。
「はい、ぜひ!」
神代は翔太の意思をガン無視して返事をした。
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