第44話 視線

サイバーフュージョンのセミナールームでは、白川がブログの運用方法を解説している。

神代が登場すると会場の空気は一変し、白川が加わったことでさらに熱気を帯びた。


「予想はしていましたが、ここまでとは……」

翔太は神代と白川の影響力に改めて驚いた。

会場の最後方では、翔太と橘、そして白川のマネージャーである黒田が控えている。


「柊さんが平然としている方がおかしいんですよ」

橘は周囲に聞こえないように小声で続けた。

『まさか、石動さんが女性だったってことはないですよね?』

翔太は慌てて首を振り、否定した。

(小説の叙述トリックでありそうだけど……)


「ふふふ、柊さんと梨々花や綾華の関係がここでバレてしまったら大変なことになりますね」

「お、恐ろしいことを言わないでくださいよ」

翔太は誰も聞いていないよな、と周りを見回した。

橘がそんなミスをしないのは重々承知していたが、怖いものは怖い。


「神代さんはともかく、白川さんも相当がんばってくれましたね」

翔太は感心を隠せない。


白川はまるでベテランのエンジニアのように、システムの概要や運用方法を説明している。

参加者のほとんどはエンジニアで、最初は白川の登場に熱狂していたが、今ではその高い技術力に驚嘆している。


「ええ、綾華は柊さんにレクチャーを受けている時間以外にも、時間を見つけては勉強していたようです」

と、黒田が補足した。


「すみません、白川さんを巻き込んでしまって」

翔太は本業に影響がでていないか心配になった。


「いえいえ、あんな楽しそうな綾華を見るのは初めてです」

黒田は景隆と同世代の女性で、マネージャーとしてはベテランだ。

白川のデビューから付き添っているため、彼女の発言には説得力がある。


***


「では、いまからデモ用のシステムを実際に使う時間を取ります。

わからないことがあれば、講師の方々に質問してください」

森川は講師である神代、白川、そして翔太を指して言った。


参加者のほとんどの視線が神代と白川に向かった。

(予想していた反応だが、ちょっと寂しい)

その中で1人の女性が翔太を睨みつけていたことに、翔太はこのとき気づかなかった。


「いいか、講師の方々にしょうもない質問をするようなら、この時点で選考から落とすからな」

森川は釘を差した。

質問を口実に芸能人と話したい、という不純な動機を抱かせないように牽制しているのだろう。


参加者のエンジニアたちは、神代や白川に良いところを見せようと真剣になった。

(た、単純というか、ちょろいというか……)


「この分だと、たくさんの応募が来そうですね」

「申込み用の社内サイトには、いくつかのセキュリティを突破しないとたどり着けないようになっているんですよ」

中谷がニヤリとした表情で言った。


「なるほど、優秀な人材が集まりそうでなによりです」

翔太は感心しながら言った。


***


案の定、参加者から、矢継ぎ早に質問が飛んでくるようになった。

翔太が対応しにいった時は、相手が露骨に残念そうな顔をするのが少し傷ついた。


何人かに対応していたら、翔太を睨んでいた女性が質問してきた。

女性は翔太と同年代で、目つきが鋭く、とっつきにくい印象があった。

ラフな格好で化粧っ気はなかったが、きちんとすれば神代や橘と並んでも遜色ないほどの美人に見えた。


「このAPIについてですが、私が知らない規格なのですが、どこで使われているものですか?」

翔太は思わず「げ」と漏らしてしまった。

すでに彼女はシステムのソースコードを読んで中身を理解し始めており、いきなり核心を突いてきた。

彼女が指摘したのは、この時代ではまだあまり使われていない技術である。


「ECサイトなどで使われている事例があります。

お時間の都合上、中身の詳しい部分は後日ご説明させていただければと―――」

翔太は歯切れがなく答えた。


「これは、あなたが作ったものですか?」

女性は確信を持っているかのように聞いてきた。


「は、はい、そうです」

翔太は完全に押されている。

鋭い目つきで睨まれ、有無を言わせない表情だ。端的に言えば怖い。


「このプロジェクトに参加すれば、あなたからこのシステムの中身を詳しく説明いただける機会があるということでしょうか?」

「おそらくそうなると思います。その辺については森川さんにお問い合わせいただけると」

「なるほど、分かりました。ありがとうございます」


これ以上の追求を避けたかった翔太は、この場を去ろうとしたが呼び止められた。

「あの―――私は新田といいます、お名前をお伺いできますか?」

「はい、私は柊です」


「柊さんですね、よろしくお願いします」

新田は、翔太を値踏みするような眼差しで見つめて言った。


やっと解放された翔太は安堵した。

とはいえ、新田はこのプロジェクトに来るという予感があった。


(うまく対応しないと……)

神代と白川のおかげで未来の技術を反らす目くらましになったが、新田には通用しなかったようだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


43-44話では、登場人物名にネタバレを入れてみました。

種明かしは、しばらく先になりますが、首を長くしてお待ちください。


新田は今回は顔出し程度です。いずれ大活躍すると思います。

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