第40話 交渉準備

「サイバーフュージョンの上村さんから、スターダストブログの買収打診がありました」

橘が切り出した。


ここは霧島プロダクションの社長室だ。

翔太と霧島、橘が社長室のミーティングスペースで会議をしている。

スターダストブログとは、霧島プロダクションが運営しているブログサービスで、現状では翔太が運用を任されている。

打ち上げの席でも話題に挙がったブログサービスの売却について、どのように進めていくかを協議している。


「タイミングとしては悪くないと思います、上村さんも高く評価していますし、高く売れると思います。

神代さんがオーディションでアピールしたように、ブログのユーザー数とアクセス数は右肩上がりで伸びています。

システムの強化やそれに伴う人員の確保が必要ですが、キリプロさんが抱えるには難しいでしょう。

運用をしている私もパートタイムであることを考えると、現状のままでは破綻してしまうので専門の事業者に譲渡するのは妥当ではないでしょうか」


「なにか懸念事項はあるか?」

霧島は翔太に促した。


「まずは知的財産権の確保です。

所属タレントの記事の著作権を相手側に譲渡しないように気をつけるべきです。

また、記事の著作権を書いた本人が持つのか、キリプロさんが持つのかも検討する必要がありそうです」


「法務に確認します」

橘が答えた。彼女なら、うまく立ち回ってくれるだろう。


「それと、アクセスログが資産になるので、少なくとも所属タレントの記事のアクセスログの所有権は持っておきたいです。

加えて、誹謗中傷があった場合にIPアドレスの開示請求が必要なことも考えると、アクセスログはこちらで管理したいですね」


「なるほど、これは重要だな。

この部分の交渉は柊に任せてもいいか?」

「はい、問題ないです」


「上村さんが、柊さんの技術力を欲しがる可能性は十分にありそうです」

「そうだろうな」


上村はオーディション後に、神代の背後にいる人物に興味を持ったようだ。

オーディションをきっかけに翔太の存在が認識されているが、特に隠したい理由はないので、これ自体に問題はない。


「この場合はキリプロさんからCFに対して、技術支援のになるでしょうね。

になると二重派遣になってしまうので」


「芸能事務所がIT事業者に技術支援をするのか、おもしれぇな!」

「普通はどう考えても逆ですからねw」


「そうなると、ブログや技術を売った金額と柊の報酬が釣り合わなくなるんだよなぁ」

「そうですね」

霧島のつぶやきに橘が同意した。


翔太はアクシススタッフから得られる給与の収入以外は、グレイスビルの福利厚生を報酬として受け取っていることになる。

従業員の成果と報酬が大きくずれると、さまざまな軋轢が生じる。

人材派遣を生業とした企業の離職率が高い要因でもあり、アクシススタッフも例外ではない。

(副業規制がネックなんだよな……そろそろ身の振り方を考えないと)


「まあ、それは俺が考えておくよ、柊にとって悪いようにしないから安心してくれ」

「あ、ありがとうございます」

霧島にはなにか考えがあるのだろう、翔太はとりあえず礼を言っておいた。


「それと、売却の件とは直接関係ないのですが―――」

翔太はこう前置きして切り出した。

「白川さんがブログのシステムに関心を持っていて、運用にも関わりたがっていました」

「「……」」

霧島と橘はキョトンとした。


「あれ?橘さんも知らなかったんですか?」

「ええ、全く」

どうやら、白川は翔太にだけわかるように立ち回っていたようだ。

とはいえ、翔太だけで判断できる案件ではないため、この場で打ち明けた。


「まぁ、サービスを売却したら関われなくなりますし、関わるとしても移行期間だけでしょうが、白川さん自身が非常にご多忙でしょうし―――」

霧島プロダクションの利益を考えたら、白川にはアイドル活動に専念したほうが得策だと翔太は思っていたが。


「いや……これは使えるかもしれないな」

霧島の目に鋭い輝きが宿り、口角が上がった。

(悪い大人の顔だ)


おっさん2人(内1人は中身が)と美人秘書による悪巧みが始まった。

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