第35話 決着
「――はい、そうですか――では、神代には私から伝えておきます」
橘はオーディションの結果について電話連絡を受けていた。
グレイスビルの休憩室にいる翔太と神代は、気もそぞろになり立ち上がったまま、橘の電話が終わるのを待っていた。
「――はい、ではよろしくお願いいたします」
橘は電話を切ると、二人に向かって人差し指と親指で丸を作った。
「ったーーー!!」
突然、神代は翔太の首に腕を巻き付け、そのままタックルするかのように体重をかけてきた。
「ちょっ!……まっ……」
急なことに対応できなかった翔太は神代を支えきれずに態勢を崩し、ソファに倒れ込んだ。
神代は強い力でしがみつき、翔太を押し倒す形となった。
(ちちち、近いってもんじゃねー)
神代に密着されて、顔が首筋に近いことから、神代のいい匂いにクラクラしてきた。
(あれ? こっちがこう感じてるってことは、もしかして俺の匂いも嗅がれているのか……?)
いろんなところがいろんなところに当たっていて、どこをどう見てもアウトである。
「梨花、ここは誰が来てもおかしくないのよ」
「はっ!」
橘の一言で神代は我に返って、ガバッと起き上がった。
「ごごご、ごめんなさい! 嬉しくて!」
(たたた、助かったー)
***
時は少し遡り、オーディション会場の会議室では、風間、山本、上村の三人による審査が行われていた。
「いやぁ、今回は山本さんに負けました」
風間は早々に敗北宣言をした。
「私も神代さんがここまでやるとは思いませんでしたよ」
山本は苦笑しながら言った。
「それで、上村さんは聞くまでもないですよね?」
風間の問いに、上村は頷いた。
審査は五分もかからずに終わっていた。
***
「今回はお疲れさまだったな」
霧島は三人に労いの言葉をかけた。
オーディションの打ち上げと称して、霧島は、翔太、神代、橘を料亭に集めた。
霧島御用達のこの料亭は、外部とは遮断されており、機密事項を話しても問題ない場所となっている。
支払いは霧島持ちだ。翔太の月収くらいありそうだ。
(政治家とかが使うんかな、知らんけど)
神代はすでに上機嫌だ。
橘は翔太のおちょこに日本酒をなみなみと注いでいる。
「神代の圧勝だったらしいな。俺も現場に行きたかったよ」
霧島も上機嫌だ。
「そうなんですか?」
「えぇ、満場一致ですぐに決まったそうです」
翔太の問いに橘が答えた。
これは意外だった。
翔太の思惑としては、風間が岩隈や狭山を選ぶ可能性があったので、その場合はスポンサーである上村が押し切ってくれることを期待していた。
山本は元々神代を推薦していたので、神代の演技力が風間に評価されたと言っていいだろう。
橘は翔太のおちょこに日本酒をなみなみと注いでいる。
「改めて思いましたが、神代さん、本当にすごいですね」
「何言ってるんですか?! 柊さん!」
「へ?」
「『へ?』じゃないですよ、もう」
神代はぷんすかと頬を膨らませた。
「柊、お前、俺がこの間言ったことを忘れてるわけじゃねぇよな?」
字面だけだと、怖いセリフだが、霧島の顔は笑っている。
橘は翔太のおちょこに日本酒をなみなみと注いでいる。
「え? なんのことですか?」
「柊さん自身が他人に与えている影響力を過小評価しているって話をしたのよ」
その場にはいなかった神代に橘が説明した。
「あぁ、なるほど。柊さん、そういうところありますよね」
神代がじとーっと翔太を見つめながら言った。
「あ、いゃ、今回は予算を取り付けたのは橘さんですし、グループ会社を動かしたのは霧島さんですし――」
翔太はしどろもどろになりながら言った。
「
ガムやゴムの能力が使える奇術師が、ドッジボールの試合後に言ったようなセリフを言った。
橘は翔太のおちょこに日本酒をなみなみと注いでいる。
「ふふ、オーディション後――狭山さんに――って言ってやったんですよ」
神代の目が据わっている。酔っているようだ。
「だ、大丈夫だったんですか?」
オーディション後に狭山とひと悶着あったのだろうか?翔太は心配になった。
「私が――たら、佐山――の顔が――なんですよ」
神代が得意げに何かを言っているようだが、ろれつが回っていない。
(駄目だこいつ…早く何とかしないと)
どうやら、後日素面の状態のときに聞くしかなさそうだ。
橘は翔太のおちょこに日本酒をなみなみと注いでいる。
「そういえば、大きな仕事が取れそうなんだよな?」
「オーディション後に、サイバーフュージョンの上村社長から早速連絡がありました――」
霧島と橘は、料亭の中のような場所でしか話せないような内容の話をし始めた。
***
「みなさんは慣れていると思いますが、私はオーディションが無事にいい結果で終わって、感慨深いです」
翔太は少しろれつが回っていない状態で言った。
橘は翔太のおちょこに日本酒をなみなみと注いでいる。
(俺を酔わせてどうする気なんだ……)
「あの、柊さん。なにか勘違いしていませんか?」
「へ?」
翔太は橘が言ってることがわからなかった。
「アクシススタッフさんと当事務所との契約は、どちらかが解除を申し出ない限りは継続されますよ?」
「はい、それはわかっています」
翔太は、少し酔いが覚めてきた。
「ブログサービスのメンテナンスやサイバーフュージョン社との仕事など、柊さんにはやっていただきたいことがいくらでもあります。
我々は、あなたを手放すつもりは一切ないですよ?」
「はひ?」
完全に酔いが冷めた。
「お前には、カレッジの案件でもやってもらいたいこともあるんだよ」
霧島が畳み掛けてきた。
カレッジとは養成所の霧島カレッジのことで、スターズリンクプロジェクトに関することだろう。
「あ、あーっ!」
翔太は、オーディションが終わったら用済みだと勝手に思い込んでいたが違っていたようだ。
「ふふ、逃しませんよ、柊さん♪」
神代が小悪魔っぽく微笑みながら言った。
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