第34話 オーディション4
※ 専門用語に脚注を入れていますが、雰囲気だけ掴んで読み飛ばしていただいて構いません
ステージでは、岩隈の演技が始まっていた。
今回のオーディションでは、参加者とその関係者も演技を観ることができる。
岩隈は、紙で資料を配布し、説明するスタイルを取っていた。
岩隈の演技は原作に忠実であり、翔太は好感を持った。
翔太の主観では、小説や漫画の実写映画化は原作を無視したものが多く、そのほとんどが原作ファンを失望させる作品であるためだ。
「岩隈さんには悪いことをしてしまいましたね」
橘は小声で隣の翔太に向けて言った。
神代は順番は関係ないと言っていたが、実際には大きな影響が出ていた。
一番手の神代があまりにも相手役の上村の反応を引き出してしまったため、岩隈に対してハードルがかなり上がってしまったのだ。
演技に関してはベテランのはずの岩隈が、上村に対しては少し萎縮し、わずかに精彩を欠いているように見えた。
それでも岩隈は、原作の主人公を彷彿とさせる迫真の演技を続けていた。
翔太は監督の風間が岩隈を推薦したことに得心した。
***
最後に狭山の演技が始まった。
狭山は神代と同様にラップトップPCを用意し、プロジェクターに画面を投影するスタイルだった。
狭山のプレゼンテーションは原作とは異なり、さまざまな企業を買収し、事業を大きく拡大させる内容だった。
企業の買収方法はレバレッジドバイアウト(LBO) ※1 といった、船井が得意とする手法であった。
狭山が演じている内容は、三名の候補者の中ではもっとも派手で華やかであり、狭山の性格によく合っていると感じた。
もっとも、狭山とは一度しか会っていないので、想像でしかないのだが。
「霧島へ報告があるので、もう行きましょう」
橘は、あっさりと言い放った。
「え?最後まで見ていかなくていいんですか?」
翔太としても、狭山と鉢合わせるのは都合が悪いので、渡りに船であった。
「審査結果は私宛に連絡が来ることになっています。それに――」
橘は迷いなく言った。
「これで梨花を落とすようなら、こちらから願い下げです」
***
神代が最後まで残っていたため、翔太と橘は先にグレイスビルへ移動した。
橘は事務室で霧島と電話をしている。
神代が戻ってくるまで、翔太はオーディション会場で使用したワークステーションを元の場所に戻してセットアップしていた。
ユーザー数が増えてきているので、今後は上村が言ったように、データセンターまたはクラウド上にシステムを移管していく必要がありそうだ。
もしくは、上村が興味を示しているため、サービス自体をサイバーフュージョンに売却する場合も考えられる。
(もうすぐこの仕事も終わりかな……)
マシンのセットアップが終わり、休憩室でくつろぎながら、翔太は感慨にふけっていた。
短い間だったが、霧島プロダクションとの仕事は充実していた。
芸能界に関してはネガティブな印象を持っていた翔太であったが、個々の人物で悪い印象があったのは狭山くらいだ。
神代と橘は友人になってくれたので、頼めば会ってくれるかもしれないが、多忙であることは重々承知している。
それに、神代とは昨日交わした約束があるが――
「だだいまー」
しんみりとしている間に、神代が帰ってきた。
「おかえり。狭山はどうだった?」
翔太は途中で抜けたので、気になっていた。
「うーん、よかったんじゃないかな」
神代はさらっと言った。
表情から勝算を読み取ろうとした翔太だったが、無理ゲーだった。
神代と狭山の間で何かあったようだが、これについてはいずれ語られるだろう。
「橘さんは?」
「霧島さんと電話しているよ。あ、ちょうど戻ってきた」
「ただいま戻りました」
「おかえり、梨花。審査結果は私に電話連絡がくることに――」
橘の携帯電話が鳴った。
「もう来たみたい」
(え?早くね?)
⚠─────
※1 レバレッジドバイアウト(LBO): 買収対象企業の信用力を利用した資金調達方法
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