第33話 オーディション3

「―――以上です。なにかご質問はありますか?」

神代によるプレゼンテーション部分の演技が終了した。

ここからは、質疑応答に入る。


「今はここにあるような小さなマシンで稼働していますが、ユーザー数が増えるにつれて大規模なサーバーが必要になると思います。

この場合、固定資産で多くの費用がかかってしまうのではないでしょうか?」

上村から、いきなり厳しい質問が飛んできた。


「この場合は、小型のサーバーを適宜追加します。

大型のサーバーになると、耐用年数が長くなり減価償却期間も長くなってしまいます。

ハードウェアの性能は年々上がっていることも考慮すると、大型のマシンを購入することはリスクが高いと考えています」

神代は淀みなく答えた。


「なるほど、一理ありますね」

上村は頷いた。


「それに―――」

神代はちょっとためた後、上村を見ながら言った。

「サーバーを購入する代わりに御社のクラウドリソースを利用すれば、固定資産にはなりませんよね?」

神代はいたずらっぽく言った。

サイバーフュージョン社にはクラウド上で利用できるサーバーがある。

サーバーを購入する必要がないため、結果的に固定資産を持たないことになる。


「はっはー、これは一本取られた!」

上村は上機嫌だ。


固定資産に関しては、スターズリンクプロジェクトで神代が得た知識だ。

一般的に、固定資産を持つと税制面で不利になり、資金繰りに影響する。

スターズリンクプロジェクトの出資者説明会の後、神代はこの分野に関して勉強していた。

グループ会社を巻き込んだ成果である。


(職業差別をするつもりはないけど、固定資産の税制を知ってる俳優なんてそうそういないだろうなぁ)

翔太は神代の努力に改めて関心した。


***


その後も上村からの技術や財務に関する質問が続いた。

神代は堂々とした態度で回答していく。


「―――OSに手を入れているとのことですが、これはカーネルの部分でしょうか―――あっ」

上村のこの質問は個人的な興味の範疇であり、映画とは関係のない質問だ。

上村も途中で気づいたのか、質問を中断した。

(この質問が出てしまったのは、俺のせいなんだよな……後で謝っておこう)


神代には対応できない難しい質問が来ることは想定してため、事前に翔太は神代に『魔法のじゅもん』を授けていた。


「それは企業秘密です、御社から出資いただければ、この技術は御社にも共有されるかもしれませんね」

神代は満面の笑みで答えた。


「これはまた一本取られました」

ここまでは神代が上村を圧倒していると言っていいだろう。

(この映画はバトル物じゃないけどね……)


時間が押してきているので、監督の風間が上村を質問を終わらせるよう促した。


「最後にひとつだけ、ここにあるような小型のサーバーでは、故障があった場合に冗長性を担保できないと思いますが、対策はありますか?」

冗長性とは、システムが二重化されており、仮に故障があった場合でも予備のシステムに切り替わるなど、システムに余剰がある状態を指す。可用性とも表現される。


「では、試してみましょうか?」

神代はニヤリと笑って―――ワークステーションの電源を引っこ抜いた。

「プシューン」という音とともに、ワークステーションは停止した。


「「「「なっ!!」」」上村を含めた審査員の3名は一様に驚いた。

風間はモニター越しに演技を確認していたが、このときばかりは神代に目を向けていた。


「この画面をご覧ください」

神代は、システムモニターを表示させた。


「このように、システムはクラスター化されています。

先程停止したワークステーションは、別なマシン―――つまり、このラップトップPCに切り替わっています」

「おぉっ!!」上村が反応した。


「実際にブログにアクセスしてみましょう」

神代はブラウザからブログにアクセスしつつ、ラップトップPC側のターミナル上でアクセスログが表示されていることを示した。


これは翔太の仕込みである。事前に悪巧みをしていた内のひとつだ。

大規模なシステムでは、データセンターにサーバーが設置され、電源なども冗長されているが、この場ではデモンストレーションの一環として簡略化した構成にしている。

プレゼンテーションの演出としては、これで十分だろう。


***


神代の演技が完了した。

上村がたくさんの質問をしてしまった影響で、時間が押してしまったようだ。

翔太、神代、橘の3名は慌ててマシンを撤去しステージを辞した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


※1 固定資産: 継続的に使用する財産、減価償却が必要なほか、ものによっては固定資産税が課せられる

※2 減価償却: 資産の原価を按分して利益から差し引く会計処理、固定資産はその価格を一括で損金(費用)計上できない

※3 カーネル: OSの中核となる部分

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