第32話 オーディション2
※ 専門用語に脚注を入れていますが、雰囲気だけ掴んで読み飛ばしていただいて構いません
「ガラガラガラ……」
オーディションのステージでは、場違いな台車の音が響き渡っている。
台車の上には、ワークステーションと呼ばれるデスクトップPC、モニター、キーボード、スイッチングハブなどが載せられている。
「なんだなんだ?」と、ステージ周りの関係者の注目を集める形になったが、翔太、神代、橘の三人はセットアップ作業を始めた。
「神代さん、LANケーブルの接続が終わったら動作確認をお願いできますか?」
翔太の合図で、神代はターミナル画面を起動し、次々とコマンドを入力していった。
メインスポンサーであり審査員の上村は、食い入るように神代の様子を見ている。
(かかった!)
翔太と橘は、上村の経歴を徹底的に調べ上げた。
彼はエンジニア出身で、プログラミングやインフラなど、技術に対して幅広い知識とスキルを持っている。
現在は経営者として技術的な仕事はしていないが、血が騒いできたのだろう。
神代が操作しているターミナルの画面を、興味津々で見ている。
翔太は電源やネットワーク周りなどの物理的な作業に専念し、システムの起動や動作確認はすべて神代に任せている。
これは神代の技術力をアピールするための演出だ。
セットアップが完了し、ステージには演者である神代が残った。
ステージ上に用意された机の上には、ワークステーションとラップトップPCがLANで接続され、ラップトップPCの画面がプロジェクターに投影されている。
***
「それでは、スターダストブログについてご説明いたします」
神代の演技が始まった。
スターダストブログとは、霧島プロダクションが運営しているブログのサービス名だ。
神代は、翔太と初めて会ったときと同じスーツを着ていた。
講師役のときは親しみやすい表情だったが、今回はきりっとした顔つきだ。
原作の主人公との年齢差を埋めるためか、大人っぽい雰囲気を醸し出している。
「おや?」山本は気づいたらしい。
神代は一切画面を見ずに、サービス紹介のスライドを次々に切り替えていった。
アクシススタッフのCMと同様に、翔太が製品企画したフィンガーフローを使って操作を行っているのだ。
プロデューサーである山本はこのCMに感銘を受け、神代を推薦した。
「このサービスはすでに稼働しており、芸能人も記事を投稿していることから、多くのアクセス数を得ています」
ここでいう芸能人とは、神代や星野が所属する霧島プロダクションの所属タレントである。
インターネットニュースなどで大きな話題となっており、審査員の三名も認識しているはずだ。
「このように、当サービスのページビューは右肩上がりで推移しており――」
スライドにはリアルな数値を表示してある。
上村は前のめりになって、スクリーンに映されたスライドを見ている。
インターネット事業を行っている上村にとっては、無視できない数字だ。
「現在は著名人のページビューが多いですが、今後は個人がPVを稼いでいくことが見込まれます」
スライドには、著名人とそれ以外が分類されたグラフが表示され、個人のPVが急激に伸びていることを示している。
ここでは、その将来性を強調している。
インフルエンサーやアルファブロガーという単語が広まるのは、少し先になる。
「さらに、当サービスの有料会員は独自ドメインを利用できます」
神代はドメインの設定画面を表示した。
さりげなく、サイバーフージョン社のドメインサービスを利用していることを見せている。
「おぉ」当然のように上村が反応した。
「当サービスの収益化は、主に広告収入で賄っています」
売上の推移がスライドに表示される。
これもリアルな数値である。
「おぉっ!」
上村は驚きの表情を浮かべている。
想像以上だったのだろう。
「当サービスのPVあたりのコンバージョン率は、一般的なWebサイトよりも高い水準にあります」
スライドにはページごとのアクセス数や広告のクリック数などが可視化されている。
「高いコンバージョン率を達成するために、当サービスではWebサーバーのアクセスログを活用しています」
神代は、ラップトップPCからターミナルを起動し、Webサーバーであるワークステーションに接続した。
軽快なタッチタイピングでターミナルにアクセスログを表示している。
「これは、このマシンにアクセスしている、リアルタイムのアクセスログです」
神代はワークステーションを指して言った。
上村は食い入るように見つめている。
ここでは敢えて、グラフィカルなインタフェースではなく、文字だけを表示するターミナルにした。
これは上村がエンジニアであることから、翔太はこっちのほうが上村に刺さると判断したためである。
実際に上村の食いつきはよくなったが、風間と山本はぽかんとしている。
「ユーザエージェント ※1 から得られるログのほかに、登録ユーザーから得られる個人情報を解析し、適切な広告が表示される仕組みになっています」
霧島プロダクションのタレントのブログには、登録ユーザーのみがコメントできる仕組みになっている。
これはセキュリティの強化や荒らし行為の防止にも貢献している。
「次に、当サービスのコストの内訳です」
神代は固定費や変動費、さらにその内訳を順次説明していく。
「えぇっ?!」
上村は驚愕していた。
コストは上村が想定しているよりも二桁くらい安くなっている。
人件費は翔太が一人でやっていることもあり、圧倒的に安くなっているが、理由はそれだけではない。
「オープンソース ※2 のOSを使っているため、OSのライセンスフィーはかかっておりません」
「なるほど……しかし……」
神代の説明に上村は考え始めた。
自社のシステムに適用できるかを検討しているのだろう。
「しかも、最大限のパフォーマンスを発揮するため、OSのソースコードを改良し、独自のOSで運用しています」
神代はさらっと言ったが――
「なんと!!!」
上村は大きな声を上げてしまった。
それに気づいた上村は慌てて口を押さえる。
これは、翔太が勝手に上村に突きつけた挑戦状だ。
当時は優秀なエンジニアだった上村よりも、高い技術力を示してみたかったという、翔太の自己満足だ。
これは神代に知らせていないため、神代は少し驚いたようだ。
(演技の邪魔になってごめん……)
翔太は心の中で謝罪した。
⚠─────
※1 ユーザエージェント: 利用者が使っているOSやブラウザーの情報
※2 オープンソース: ソースコードの自由な利用および頒布を許可するソフトウェア開発モデル
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます