第17話 悪巧み
「かなり特殊な形式のオーディションになります」
翔太は橘からオーディションの募集要項を受け取った。
システムの仕様書などは何度も目を通しているが、映画に関しては素人だ。
霧島プロダクションとアクシススタッフとの契約は滞りなく完了した。
元の仕事に影響が及ばないよう、一月あたり最低8時間、最大40時間程度の労働時間が設定されている。
グレイスビルの一階の会議室では、前回と同じメンバーでミーティングが行われた。
「事前準備が相当必要になりますね」
オーディションに使われるハイライトのシーンでは、ベンチャーキャピタルの投資家に主役である起業家がプレゼンテーションを行う場面である。
プレゼン内容は定められておらず、オーディション参加者が資料を用意する必要がある。
「メインスポンサーはCFで、審査員として社長の上村弘明が入るんですね。
……なるほど、そうきたか」
CFとはサイバーフュージョン社の略称である。
「先生!解説をお願いします!」
元気に手を挙げた生徒(神代)に対して、先生(翔太)が解説する。
「上村さん自身が起業家で、ベンチャー時代に多額の資金調達をしているんです。
この事業が成功して一部上場企業まで成り上がったのですが、該当のシーンと同様なプレゼンを出資者相手にしている可能性が大いにありそうです。
したがって、原作を読んだ上村さんが、主人公を自分に投影したと考えられます」
「なるほど! それなら上村さんが出資した理由がしっくりきますね。
当時の自分と同じ状況を演技してみろと!」
「はい、自ら審査に加わっていることからも、相当思い入れがありそうです。
これは、原作の主人公というよりは、当時の上村さんを演じると考えたほうが良さそうですね。
オーディションでは、彼が出資者役をやる可能性もありそうです」
「私もそう思います。プロデューサーや監督も審査に加わりますが、最終決定権はスポンサーにあります」
橘はそう言いつつ、プリントアウトした資料を二人に配った。
「サイバーフュージョン社の沿革と、上村弘明氏の経歴をまとめています」
(もう秘書役は橘さんで、オーディションいらんだろ)
翔太は秘書姿の橘を脳内再生しながら提案した。
「CFに関しては大体把握していましたが、彼の経歴は面白いですね……これは使えそうです。
秘策……というか努力に近いですが、もし梨花さんが可能なら――」
「やります! やらせてください!」
神代が食い気味に言った。
「ふう、スケジュールは私が調整しますが……梨花、ほかの仕事もちゃんとやるのよ」
橘はため息をつきながら言ったが、彼女も乗り気なようだ。
三名による作戦会議という名の悪巧みが始まった。
***
「ガコン」
ミーティングが終わった翔太は無料の自販機からペットボトルの水を調達して、休憩室でくつろいでいた。
休憩室は二階にあり、翔太はこのフロアに入室できるIDを支給されている。
「柊さん、色々とありがとうございます。元のお仕事もお忙しいことは承知していたのですが」
橘は翔太の隣に腰掛けて言った。神代は稽古場でトレーニングをしている。
橘がこのタイミングで言ったのは、神代に対しての配慮だろう。
「いい気分転換になっていますし、ちょっとでも時間ができてしまうと、大野から面倒な仕事が飛んでくるので、むしろ助かっていますよ。
それに、この仕事を同僚が知ったら嫉妬で殺されます」
翔太は砕けた表情で言った。
「ふふふ、そう言っていただけると助かります」
二人は和やかに笑った。
「いくつか必要なものがあるのですが、ご確認いただけますか?」
翔太はラップトップPCの画面を橘に見せた。橘が顔を寄せる。
(近い……)
鼓動が早くなったことをさとられないようにしつつ、説明する。
「変動費と固定費に分類しています。
固定資産になる可能性のあるものは色を分けて表示しています」
「ふむふむ、予算は問題なさそうです。
固定資産は経理が処理するので気にされなくても大丈夫ですよ。よくご存知ですね」
「うちの会社はこの金額を超えると、何も買ってくれないんですよ」
翔太は苦笑いして言った。
「ふふ、大変ですね。
コーポレートカードをお渡ししますので、必要なものがあればこれで決済してください。
領収書をいただければ、事前承認は不要です」
「ありがとうございます。いたれりつくせりですね。
ところで、キリプロさんは求人を出していないですか?」
「あらあら? では霧島に掛け合っておきますね」
「とりあえず、今は冗談ということにしてください」
「それで、設置場所ですが――」
二名による悪巧みも始まった。
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